おほけなくうき世の民に覆ふかなわが立つそまにすみぞめの袖
小倉百人一首から、前大僧正慈円の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
前大僧正慈円
おほけなく うき世の民に 覆ふかな わが立つそまに すみぞめの袖
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※この和歌の題やよまれた事情はあきらかでない。
身のほど知らずであるが、つらい世の中の人々を覆うのだ。比叡山に住みはじめてから着ている僧衣の袖を。
※三句切れ。
※体言止め(たいげんどめ)。和歌を体言(名詞)でしめくくることを言います。
▽師覚快法親王が入滅して慈円に改名した養和頃、二十代後半頃の作か。比叡山延暦寺に住持しての、衆生救済を目ざす公的使命の自覚。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』片野達郎・松野陽一、1993年、岩波書店、340ページ)
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前に置かれます。
題不知(だいしらず)(※和歌の題やよまれた事情が明らかでないこと。)
※詞書の引用は『新日本古典文学大系 千載和歌集』(340ページ)によります。
おほけなし
●おほけな・しオオ ‥ 〘形ク〙
①身の程知らずである。身の程もわきまえず、そら恐ろしい。「あながちに有るまじく―・き心ちなどはさらに物し給はず」〈源氏若菜下〉
うきよ
●うきよ【憂き世・浮世】
《平安時代には「憂き世」で、生きることの苦しい此の世、つらい男女の仲、また、定めない現世。のちには単に此の世の中、人間社会をいう。「憂き」が同音の「浮き」と意識されるようになって、室町時代末頃から、うきうきと浮かれ遊ぶ此の世の意にも使うようになった》
①無常の現世。はかない此の世。つらい世の中。「散ればこそいとど桜はめでたけれ―に何か久しかるべき」〈伊勢八二〉。「生死無常の習ひ、―の坂とは知りながら」〈神道集一〇〉
●うきよ【憂世】
つらい人生。つらい恋愛などの意で多く用いられた。「をしからで悲しきものは身なりけりうき世そむかむ方を知らねば」(後撰集・雑二・貫之)「死出の山たどるたどるも越えななでうき世の中になに帰りけむ」(同・読人不知)のように逃れたいほどのつらい人生であったり、「うき世とは思ふものから天(あま)の戸(と)のあくるはつらきものにぞありける」(後撰集・恋六・読人不知)のように二人だけの厳しい人生であったりするのである。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
おほふ
広く包む。保護する。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』340ページ)
わがたつそま【我が立つ杣】
《伝教大師が比叡山で作った歌、「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)の仏たち我が立つ杣に冥加あらせたまへ」から》
比叡山を指していう語。「祈りこし―のひきかへて人なき峰となりやはてなむ」〈平家二・山門滅亡〉
○わが立つ杣
比叡山延暦寺の異名。「阿耨多羅三藐三菩提の仏達我が立つ杣に冥加あらせたまへ」(和漢朗詠・仏事・最澄)。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』340ページ)
そま【杣】
①樹木を植えつけて材木をとる山。そまやま。「宮材(みやき)引く泉の―に立つ民の」〈万二六四五〉
すみぞめ【墨染】
①墨で染めたような黒い色。「―の衣の袖の干(ひ)る時もなし」〈古今八四四〉
②黒く染めた衣。僧衣・喪服など。「老僧姿にやせ衰へ、濃き―に同じ袈裟」〈平家一〇・横笛〉
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