11~20番歌

百人一首の意味と文法解説(12)天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ┃僧正遍昭

小倉百人一首解説:和歌の現代語訳・古文単語の意味・文法解説・品詞分解-12

投稿日:2018年3月10日 更新日:

あまつかぜ雲の通ひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ

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小倉百人一首から、僧正遍昭の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。

また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。

ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。

目次

原文

ogura-hyakunin-isshu-12

百人一首(12)天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

画像転載元
国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162

翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)

hyakuni-isshu-honkoku-12

百人一首(12)天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)

僧正遍昭
天つ風 雲の通ひぢ 吹き閉ぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ
 

字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)

百人一首(12)天津風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

百人一首(12)天津風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

現代語訳(歌意)・文法解説

※五節(ごせち)の舞姫を見て、よんだ歌。

天を吹く風よ、雲の間の通り道を吹き閉じてしまってくれ。五節に舞う少女の姿をしばらくとどめておきたいのだ。

あまつかぜ:連体修飾の「つ」

あまつかぜ:連体修飾の「つ」

しばしとどめむ

しばしとどめむ

※助動詞の解説は「古典の助動詞の活用表の覚え方」をご覧ください。

※下二段動詞の活用は「古典の動詞の活用表の覚え方」でご確認ください。
 

語釈(言葉の意味)

※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
 

詞書(ことばがき)

※詞書とは、和歌のよまれた事情や背景を説明した短い文で、和歌の前につけます。

五節舞姫(ごせちのまひひめ)を見て、よめる(※五節の舞姫を見て、よんだ歌)

※詞書の引用は『新日本古典文学大系 古今和歌集』(小島憲之・新井栄蔵、岩波書店、1989年、264ページ)によります。
 

あまつかぜ

●あまつ【天つ】
〘連語〙《ツは連体助詞。「天つ」は「天の」よりも古い語と認められる。天界の、天界にある、の意。平安時代に入っては、大空の意にも用いる。→あま(天)》

●―かぜ【天つ風】
空を吹く風。「―雲の通ひ路吹きとぢよ」〈古今八七二〉
 

をとめ【処女】

《古くは「をとこ(壮士)」の対。ヲトはヲチ(変若)と同根。若い生命力が活動すること。メは女。上代では結婚期にある少女。特に宮廷に奉仕する若い官女の意に使われ、平安時代以後は女性一般の名はヲンナにゆずり、ヲトメは(五節の)舞姫の意》
①未婚の少女。「風のむた寄せ来る波に漁(いざ)りする海人(あま)の―が裳の裾濡れぬ」〈万三六六一〉。「未通女(をとめ)壮士(をとこ)の行きつどひかがふかがひに」〈万一七五九〉。「少女、此を烏等咩(をとめ)と云ふ」〈紀神代上〉。「乙女、ヲトメ、又作童女」〈文明本節用集〉
③舞姫。「―らが少女さびすと唐玉を手本に巻かし同輩児(よちこ)らと手携はりて遊びけむ時の盛りを」〈万八〇四〉。「五節の舞姫を見てよめる。あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよ―の姿しばしとどめむ」〈古今八七二〉。「昔御目とまり給ひし―の姿を思し出づ」〈源氏少女〉。「天人をば―といふ。…―とは舞ひをする女を云」〈能因歌枕〉
 

ごせち【五節】

《左伝、昭公元年にある音律の五節、すなわち、遅・速・本・末・中声に基づくとも、また、天武天皇が、吉野宮で琴を弾じた際、天女が舞い降り、その袖を五度翻した故事によるともいう》
①新嘗祭(にいなめまつり)・大嘗祭(おおなめまつり)に行なわれた少女楽の公事。十一月の中の丑・寅・夘・辰の四日にわたる。その間、五節の参り、帳台の試み、御前の試み、殿上の淵酔(えんすい)、童女御覧(わらわごらん)、豊明節会(とよのあかりのせちえ)、五節の舞などの行事がある。「雑舞幷せて大歌―等を奏す」〈日本後紀大同三・一一・一七〉

●―のまひ‥マイ【五節の舞】
五節に舞う少女の舞。新嘗祭の翌日、辰の日に行なわれる。「大歌幷(ならび)に―を奏し」〈延喜式践祚大嘗祭〉

●にひなへ ニイナエ【新嘗】
《ニヒ(新穀)ノ(助詞)アヘ(饗)の約。新穀を差しあげる神事の意》
誰もまだ手をつけていない新穀を捧げて神を祭り、自らも食べて、その年の収穫を感謝する祭儀。潔斎して、他人を家に入れなかった。「にはなひ」「にひなめ」とも。「新粟(わせ)の―して、家内諱忌(ものいみ)せり」〈常陸風土記〉。「今日は―の直らひの豊明(とよのあかり)聞し召す日にあり。然るに昨日の冬至の日に雨ふりて、地(つち)も潤(うるお)ひ」〈続紀神護景雲三・一一・二八〉
 

作者:僧正遍昭(そうじょうへんじょう)について

桓武天皇の孫

遍昭は「遍照」とも書きます。俗名(ぞくみょう)(出家する前の名前)は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)。弘仁(こうにん)7年(816)~寛平(かんぴょう)2年(890)。良岑安世(やすよ)の八男で、桓武(かんむ)天皇の孫にあたります。

僧正遍昭の系図:桓武天皇―良岑安世―良岑宗貞―素性法師

僧正遍昭の系図:桓武天皇―良岑安世―良岑宗貞―素性法師

同時代の人に、光孝天皇(こうこうてんのう)、在原行平(ありわらのゆきひら)、在原業平(ありわらのなりひら)、源融(みなもとのとおる)などがいます。

子供に素性法師(そせいほうし)がいます。
 

天台宗(てんだいしゅう)との関係

仁明(にんみょう)天皇(810~850年)に重用されましたが、嘉祥(かじょう)3年(850)に天皇が崩御(ほうぎょ)(亡くなること)したことをきっかけに出家し、比叡山(ひえいざん)にのぼって円仁(えんにん)・円珍(えんちん)に天台(てんだい)(法華経を根本的な経典とする仏教の一派。鑑真が日本に伝え、伝教大師最澄が広めた。)を学びます。

そして仁和(にんな)元年(885)に僧正(そうじょう)(天皇から授けられる僧官の最高位)になり、12月には光孝天皇から七十賀(七十歳の祝い)を贈られています。

僧官:僧正・僧都・律師

僧官:僧正・僧都・律師

 

元慶寺創設

京都の花山(かさん)に元慶寺(がんぎょうじ/がんけいじ)を創設したことから、花山僧正(かざんそうじょう)とも言われます。

※元慶寺のくわしい情報は「京都観光Navi」でご確認ください。
https://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=1000035
 

六歌仙(ろっかせん)

僧正遍照は六歌仙の一人です。

六歌仙とは、905年につくられた『古今和歌集』の仮名序(かなじょ)(漢文ではなく仮名文で書いた序文だから「仮名序」と言う)に、紀貫之(きのつらゆき)がすぐれた歌人として名前をあげた6人のことを指します。遍昭の歌に対する貫之の評価は次のとおりです。本文引用は『新日本古典文学大系 古今和歌集』(13ページ)によります。

僧正遍昭は、歌の様(さま)は得たれども、誠(まこと)少なし。たとへば、絵に描ける女を見て、徒(いたづ)らに心を動かすがごとし。(※僧正遍昭は、歌のよみぶりは良いけれど、言葉の真実味に欠ける。たとえば、絵に描いた女性を見て、むなしく思いみだれるようなものだ。)

六歌仙は遍昭のほかに、在原業平(ありわらのなりひら)、文屋康秀(ふんやのやすひで)、喜撰法師(きせんほうし)、大友黒主(おおとものくろぬし)、小野小町(おののこまち)があげられています。
 

三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)

僧正遍昭は三十六歌仙の一人にあげられています。

三十六歌仙とは、平安中期に藤原公任(ふじわらのきんとう)(966~1041年)がつくった『三十六人撰』(『三十六人集』とも言う)にもとづく36人のすぐれた歌人のことを指します。

人麿・貫之・躬恒・伊勢・家持・赤人・業平・遍昭・素性・友則・猿丸大夫・小町・兼輔・朝忠・敦忠・高光・公忠・忠岑・斎宮女御・頼基・敏行・重之・宗于・信明・清正・順・興風・元輔・是則・元真・小大君・仲文・能宣・忠見・兼盛・中務

人麿・貫之・躬恒・伊勢・家持・赤人・業平・遍昭・素性・友則・猿丸大夫・小町・兼輔・朝忠・敦忠・高光・公忠・忠岑・斎宮女御・頼基・敏行・重之・宗于・信明・清正・順・興風・元輔・是則・元真・小大君・仲文・能宣・忠見・兼盛・中務

 

百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認

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あきぜにぎりすはるぎて
あきたのこころてにはるよの
ぬればこころかたの
あさふのひとをひといさ
あさぼらけたびはひとをし
あさぼらけすてふくからに
ひきのやこのととぎす
あはしまびしさにみかもり
あはともぶれどみかはら
みてのつゆにばやな
あふとのみのえののくの
あまかぜをはやみしのの
あまはらさごのらさめの
あららむのおとはぐりあひて
あらふくのうらにしきや
ありけのわかれともに
ありやまのをよらはで
しへのをかもむぐら
いまむとちぎりきしやまはに
いまただちぎりやまとは
りけるやぶるされば
みわびみればのとを
やまにばねのよのなか
にきくながらむよのなか
おほやまながへばすがら
おほなくなげつつこめて
ひわびなげとてわがほは
とだにのよはわがでは
さぎのなにおはばわするる
かぜよぐなにはわすじの
かぜいたみなにはわたのはら
きみがためはなそふわたのはら
きみがためはないろはぬれば
らやま

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