ももしきや古きのきばのしのぶにもなほあまりある昔なりけり
小倉百人一首から、順徳院の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
順徳院
ももしきや 古きのきばの しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
宮中の古い軒端に生えている忍ぶ草を見るにつけても、やはり偲びつくせないほど慕わしく思われる昔であることだ。
※掛詞(かけことば)。音が同じことを利用して二つの意味を表すことです。「しのぶ」が「偲ぶ」と「忍ぶ草」を表します。
※過去の助動詞「けり」が和歌の中で使われる場合は基本的に、詠嘆(えいたん)(~だなあ・~ことだ)の意味で訳します。
▽承久(じょうきゅう)の乱直前、公武間の緊張が高まりつつあった時期における、若き天皇の親政へと向かう篤き志。(『和歌文学大系 続後撰和歌集』佐藤恒雄、2017年、明治書院、211ページ)
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
ももしき【百敷】
内裏(だいり)。宮中。(『和歌文学大系 続後撰和歌集』210ページ)
●ももしき【百敷】
本来は「ももしきの」という形で「大宮」に掛かる枕詞であり、「……ももしきの 大宮所 やむ時もあらめ」(万葉集・巻六・赤人)「ももしきの大宮人のまかり出て遊ぶ今夜(こよひ)の月のさやけさ」(同・巻七)のように用いられていたが、「別るれどあひも惜しまぬももしきを見ざらむことや何か悲しき」(後撰集・離別・伊勢、大和物語・一段)のように「ももしき」すなわち「大宮(内裏)」の意で用いられた。(後略)
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
ふるき軒端のしのぶにも
旧い軒端に生えた忍ぶ草(荒れた皇居)を見るにつけても。「しのぶ」に昔を「偲ぶ」と植物の「忍草(しのぶぐさ)」を懸ける。(『和歌文学大系 続後撰和歌集』210ページ)
軒端
軒の端。また、軒下。「稲妻の光だにこぬ屋がくれは―の苗も物思ふらし」〈かげろふ中〉
しの・び【偲び】
一〘四段〙
①賞美する。「黄葉(もみち)をば取りてそ―・ふ」〈万一六〉。「あしひきの山下ひかげ鬘(かづら)ける上にや更に梅を―・はむ」〈万四二七八〉
②遠い人、故人などを思慕する。「あが思ふ妻ありと言はばこそよ、家にも行かめ、国をも―・はめ」〈記歌謡九〇〉。「直(ただ)の逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ〔亡キ夫ヲ〕―・はむ」〈万二二五〉
しのぶぐさ【忍草】
しのぶ草は今のノキシノブ。樹皮・岩石・軒端などに生える。(中略)
さて、『新古今集』に見られる「しのぶ」「しのぶ草」を見ると、次の三つに分けられる。(一)昔ヲ偲ブ・人ヲ思慕スルの意を含むもの――「橘の花散る軒のしのぶ草昔をかけて露ぞこぼるる」(夏・忠良)「明暮は昔をのみぞしのぶ草葉ずゑの露に袖ぬらしつつ」(雑中・成仲)、(二)人目ヲ忍ブ、隠レルの意を含む――「しのぶ草いかなる露かおきつらむ今朝は根もみなあらはれにけり」(雑下・済時)、(三)堪エ忍ブ、我慢スルの意を含む――「我が恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり」(恋一・有仁)「深き夜の窓うつ雨に音せぬはうき世を軒のしのぶなりけり」(釈教・寂蓮)の三つの用法がそれである。(後略)
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
(※ここでは(一)の意。)
猶あまりある昔なりけり
いくら忍んでも忍び尽くせない古(いにしえ)の聖代であるよ。(『和歌文学大系 続後撰和歌集』210ページ)
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