逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり
小倉百人一首から、権中納言敦忠の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
中納言敦忠
逢ひ見ての のちの心に 比ぶれば 昔は物を 思はざりけり
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
あなたにお逢いして契りを結んでから後の、恋しい心に比べると、それ以前は何の物思いもしなかったと同じくらい、取るに足らないものであった。
※「已然形 + ば」の形で、「~なので」「~すると」などの意味になります。それぞれの意味は文脈から判断します。
※係助詞「は」「も」は係り結びを伴いません。それ以外の係助詞は連体形や已然形で結びます。「ぞ・なむ・や・か=連体、こそ=已然形」です。
その他の助詞については「古典の助詞の覚え方」をご覧ください。
※過去の助動詞「けり」は、和歌の中では詠嘆(~だなあ)の意味で訳すのが一般的です。「けり」は連用形接続の助動詞です。連用形接続の助動詞はぜんぶで、「き・けり・つ・ぬ・たり・たし・けむ」の7種類です。そのほかの助動詞の解説は「古典の助動詞の活用表の覚え方」をご確認ください。
▽後朝(きぬぎぬ)の歌。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』小町谷照彦、岩波書店、1990年、208ページ)
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
きぬぎぬ【衣衣・後朝】
①脱いだ衣を重ねて共寝をした翌朝、めいめいの着物を身につけること。また、そのようにして別れること。また、その朝。「しののめのほがらほがらと明け行けばおのが―なるぞ悲しき」〈古今六三七〉。「―とは、我が衣をば我が着、人の衣をば人に着せて起きわかるるによりて云ふなり」〈古今集註〉
逢ひ
●あ・ひ アイ 【合ひ・会ひ・逢ひ】
一〘四段〙
❶二つのものが互いに寄って行き、ぴったりとぶつかる。①対面する。「昔の人にまたも―・はめやも」〈万三一〉
❷二つのものが近寄って、しっくりと一つになる。⑤契りを結ぶ。結婚する。「男は女に―・ふことをす」〈竹取〉
見る
●み【見】
〘上一〙
❶①目をとめる。「あかねさす紫野行きしめ野行き野守は見(み)ずや君が袖振る」〈万二〇〉
❹互いに見る。②男女の交りをする。平安時代、成人の女が男に顔を見せるのは時別な場合であった。「よし、今は見(み)きとなかけそ(口ニナサルナ)とて、〔女ノ〕思へるさま、げにいとことわりなり」〈源氏帚木〉
逢ひ見ての後の心
逢瀬(おうせ)の後にますます募(つの)る思慕(しぼ)の情。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』208ページ)
昔
後朝の現在に対して、逢瀬以前をさす。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』208ページ)
もの
●もの【物・者】
一〘名〙
➊物体・物品などを一般的にとらえて指す。「いとのきて短き―の端(はし)切ると言へるが如く」〈万八九二〉。「みどり児の乞ひ泣くごとに取り与ふる―し無ければ」〈万二一〇〉。「内蔵寮(くらづかさ)納殿(をさめどの)の―(品物)をつくして、いみじうせさせ給ふ」〈源氏桐壺〉。「さるは、たよりごとに―(贈物)も絶えず得させたり」〈土佐二月十六日〉。「散るまでも我が―にして花は見てまし」〈後撰一〇一〉
➌《対象の性質や状態が、はっきりとは言えないが、ともかく意識の対象となる存在》
①いろいろの状態・事態。「ねもころに―や悲しききりぎりす草のやどりにこゑたえず鳴く」〈後撰二五八〉。「右近は―も覚えず、君につと添ひ奉りて、わななき死ぬべし」〈源氏夕顔〉
物も思はざりけり
現在の思慕の切実さに比較すれば、以前の思慕は、物思いとは言えないような、軽い程度のものであったというのである。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』208ページ)
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