契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋も往ぬめり
小倉百人一首から、藤原基俊の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
藤原基俊
契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※作者が、自分の子供の律師(りっし)光覚(こうかく/こうがく)を維摩会(ゆいまえ)の講師(こうじ)に任命してほしいと申しあげたが、何度も人選に漏れてしまったので、藤原忠通(ふじわらのただみち)に恨み言を申しあげたところ、忠通は「しめぢの原の」という歌で返して期待させていたのだけれど(※後述)、ふたたびその年も光覚は人選に漏れてしまったので、作者がよんで、使者に持たせて送った歌。
お約束くださったお言葉、させも草の露のようにはかない言葉をたよりに、命長らえましたが、願いがかなうこともなく、ああ今年の秋も去って行くようです。
※「いぬ(去ぬ/往ぬ)」はナ変動詞です。変格活用の動詞は種類が少ないです。動詞の解説は「古文の動詞の活用と覚え方」をご覧ください。
※「めり」は視覚的な推量を意味する助動詞です。いっぽう、「なり」は聴覚的な推量を意味する助動詞です(例:「衣うつなり」)。
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前に置かれます。
律師(りっし)光覚維摩会(ゆいまゑ)の講師の請を申(まうし)けるを、度々(たびたび)洩(も)れにければ、法性寺入道前太政大臣に恨み申けるを、しめぢの原のと侍(はべ)りけれども、又その年も洩れにければ、よみてつかはしける
※詞書の訳
作者が、自分の子供の律師光覚(こうかく/こうがく)を維摩会(ゆいまえ)の講師(こうじ)に任命してほしいと申しあげたが、何度も人選に漏れてしまったので、藤原忠通(ふじわらのただみち)に恨み言を申しあげたところ、忠通は「しめぢの原の」という歌で返して期待させていたのだけれど、ふたたびその年も光覚は人選に漏れてしまったので、作者がよんで、使者に持たせて送った歌。
※注
○律師光覚 作者の子。興福寺僧。
○維摩会 興福寺の維摩経講読の法会。十月十日から一週間行われる。この歌「九月尽日惜秋之志詩進二殿下一」(基俊集)と注あり。
○法性寺入道前関白太政大臣 藤原忠通。
○しめぢの原の 「なほ頼めしめぢが原のさしも草我世の中にあらむ限りは」(袋草紙・清水寺観音)に拠った忠通の回答。
※詞書本文と注の引用は『新日本古典文学大系 千載和歌集』(片野達郎・松野陽一、1993年、岩波書店、307ページ)によります。
藤原忠通が回答として贈った歌(新古今集)
なほ頼(たの)めしめぢが原(はら)のさしも草(ぐさ)わが世の中にあらむかぎりは(新古今和歌集・釈教歌・1916)
※訳
そのまま私を頼みにしつづけなさい。しめじが原のさせも草のように、胸を焦がすように思い悩むことがあっても、私がこの世にいるかぎりは(望みが叶うこともあるでしょう)。
※注
○なを頼め 「ただ頼め」とも伝承された(沙石集五本)。
○しめぢが原 下野国(しもつけのくに)(※いまの栃木県)の歌枕。させも草の名所。
○させも草 艾(もぐさ)。「さしも草」(前田本ほか)。後世、この歌から「一切衆生」「人間」をあらわす語とされた。
▽袋草紙に、「もの思ひける女の、はかばかしかるまじくは(願いを聞き届けてもらえないようなら)、死なむと申しけるに、示しける」と伝える。
歌と注の引用は『新日本古典文学大系 新古今和歌集』(田中裕・赤瀬信吾、1992年、岩波書店、559ページ)によります。
させも
「させもぐさ」の略。「ちぎり置きし―が露を命にてあはれ今年の秋も去ぬめり」〈千載一〇二三〉
●―ぐさ【指焼草・指艾】
「さしもぐさ」の転。「思ひだにかからぬ山の―誰かいぶきのさとはつげしぞ」〈枕三一八〉
●さしもぐさ【艾草】
「させもぐさ」ともいった。「よもぎ(艾)」の異名。「もぐさ」の材料となった。『百人一首』にもとられている「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを」(後拾遺集・恋一・実方)で有名になったが、すでに『古今六帖』に「あぢきなや伊吹の山のさしも草おのが思ひに身をこがしつつ」という歌があって、「伊吹山」がその産地として知られ、「もぐさ」の縁で「燃ゆる」「思ひ(「火」を掛ける)」「こがす」などをよみ込んで一つの典型を作ってしまっているのである。なお、『新古今集』の釈教歌「なほたのめしめぢが原のさせも草わが世の中にあらむ限りは」を清水観音が、「させも草」に対して衆生済度の誓いを述べた歌として伝承し、「させも草」すなわち「衆生」と解していたために、『日葡辞書』などは「させも草」すなわち「人間」という解を記しているのである。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
いぬ
い・に【往に・去に】
〘ナ変〙
①その場から消えて行ってしまう。「鶯(うぐひす)そ鳴きて―・ぬなる梅が下枝に」〈万八二七〉。「家刀自…〔男ニ〕つきて人の国へ―・にけり」〈伊勢六〇〉
百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認
こちらは小倉百人一首の現代語訳一覧です。それぞれの歌の解説ページに移動することもできます。