21~30番歌

百人一首の意味と文法解説(24)このたびは幣も取りあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに┃菅家(菅原道真)

小倉百人一首解説:和歌の現代語訳・古文単語の意味・文法解説・品詞分解-24

投稿日:2018年3月11日 更新日:

このたびはぬさも取りあへずたむけやま紅葉の錦神のまにまに

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小倉百人一首から、菅家(菅原道真)の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。

また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。

ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。

目次

原文

ogura-hyakunin-isshu-24

百人一首(24)このたびは幣も取りあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに

画像転載元
国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162

翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)

hyakuni-isshu-honkoku-24

百人一首(24)このたびは幣も取りあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに

釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)

菅家
このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
 

字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)

hyakunin-isshu-jibo-24

百人一首(24)このたびは幣も取りあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに

現代語訳(歌意)・文法解説

※宇多上皇(うだじょうこう)が奈良におでかけになったときに、旅の安全をいのって幣(ぬさ)をたむける山で、よんだ歌。

今回の旅は幣の用意もできませんでした。手向山(たむけやま)の色とりどりの紅葉(もみじ)の葉を幣(ぬさ)として差しあげますので、神のお心にしたがってお受け取りください。(幣を用意できなかったのは、上皇のおでかけが突然で、いそがしかったため、という説によりました。)

このたびは幣も取りあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに

このたびは幣も取りあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに

※打消(うちけし)の助動詞「ず」は未然形接続です。未然形接続の助動詞は、「る・らる・す・さす・しむ・ず・じ・む・むず・まし・まほし・ふ・ゆ」の13種類です。助動詞の解説は「古典の助動詞の活用表の覚え方」にまとめました。

※天皇・上皇などがでかけることを、行幸(ぎょうこう/みゆき)と言います。(例:今ひとたびのみゆき待たなむ
 

道真の和歌を前提にして素性法師がよんだ和歌

※道真(みちざね)の和歌を受ける形で、素性法師(そせいほうし)がよんだ和歌です。

たむけにはつゞりの袖もきるべきにもみぢに飽ける神や返さむ

訳)たむけをするために私の粗末な衣のそでを幣(ぬさ)として切って差しあげるべきでしょうが、道真がささげた紅葉の幣に満足していらっしゃる神が、その紅葉の幣をお返しなさるでしょうか、いや、お返しなさらないでしょう。

古今和歌集・羇旅、素性法師:たむけにはつゞりの袖もきるべきにもみぢに飽ける神や返さむ

古今和歌集・羇旅、素性法師:たむけにはつゞりの袖もきるべきにもみぢに飽ける神や返さむ

※『古今和歌集』の420番目の歌が道真の和歌で、その次の421番目が素性法師の和歌です。

※係助詞と係り結びについては「古典の助詞の覚え方」をご覧ください。

※存続・完了の助動詞「り」はサ変動詞の未然形と四段動詞の已然形に接続します。サ変の未然形も、四段の已然形も、どちらも「e(エ)」の母音で終わります。したがって、母音「e(エ)」のうしろに「ら・り・る・れ」がつづいたら、まずは存続・完了の助動詞をうたがうようにしましょう。

さみしい「リ」:存続・完了の「り」

さみしい「リ」:存続・完了の「り」

e + ら・り・る・れ:存続・完了

e + ら・り・る・れ:存続・完了

「飽ける」は「満足している」というように、存続の意味で訳します。

※動詞の活用(形の変化)については「古典の動詞の活用表の覚え方」でご確認ください。

※助動詞については「古典の助動詞の活用表の覚え方」にまとめてあります。

※「ゝ」や「ゞ」の文字は、同じ字をくり返すときに使います。漢字の場合は「々」、カタカナの場合は「ヽ」を使います。キーボードで入力するときは、「くりかえし」あるいは「おなじ」と打って変換すると出てくるはずです。ちなみに「〳〵」もくり返し記号で、たて書きで並べると「く」の字ようになります。これは2文字つづけてくり返すときに使う記号で、たとえば「つれづれ」を「つれ〴〵」と表すときに使います。横書きの場合は使えないので、スラッシュをかさねて、「\/」のようにして代用することもあります。

繰り返し記号

繰り返し記号

 

語釈(言葉の意味)

※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
 

詞書(ことばがき)

※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことです。

朱雀院(すざくいん)の、奈良におはしましたりける時に、手向山(たむけやま)にて、よみける(※宇多上皇が奈良におでかけになったときに、旅の安全をいのって幣をたむける山で、よんだ歌。)

「御幸(みゆき)の御供なれば、心慌ただしくて、幣も取りあへぬなり」(両度聞書(りょうどききがく))。次の歌(※道真の和歌が古今和歌集の420番目の歌。次の421番目の素性法師の和歌のこと)とともに昌泰(しょうたい)元年(898)十月の宇多上皇の吉野宮滝への行幸(日本紀略)の時の歌か。扶桑略記(ふそうりゃっき)によれば、是貞(これさだ)親王を除くと、大納言右大将の菅原道真が筆頭で供奉(ぐぶ)(※天皇のお供をすること)の責任者。勅命(ちょくめい)(※天皇・上皇の命令)による諸臣の献歌・献句のことも記されている。

※詞書と注の引用は『新日本古典文学大系 古今和歌集』小島憲之・新井栄蔵、岩波書店、1989年、139ページ)によります。
 

このたびは

(※「この旅」と「この度」を掛ける。)
 

ぬさ【幣】

①神に祈る時のささげ物。また、罪けがれを祓(はら)うためのささげ物。主として木綿〈ゆふ〉・麻を使ったが、後には布・帛(はく)・紙などを使うこともあった。「佐保過ぎて奈良の手向(たむけ)に置く―は妹を目離(か)れずあひ見しめとそ」〈万三〇〇〉。「―とは、神に奉る絹なり」〈能因歌枕〉

○幣
神への供えもの、特に五色の布。(『新日本古典文学大系 古今和歌集』100ページより)
 

たむけやま【手向山】

旅の道中の安全を祈って手向の神を祀った所で、諸所にあり、本来固有名詞ではないが、その中でも、奈良山・逢坂山などが有名であった。『八雲御抄』が「大和。仍チ近江ノ由範兼抄ニ見ユ」とするのもそのせいである。紅葉や花が風に散るさまを幣(ぬさ)を手向けることに見立てた表現が多く、「このたびは幣(ぬさ)もとりあへず手向山もみぢの錦神のまにまに」(古今集・羇旅・道真、百人一首)や「吹く風を神やいさめむ手向山折ればかつ散る花の錦に」(郁芳三品集)などとよまれた。そのほか「白雪」を「幣」や「白木綿(ゆふ)」に見立てた表現もあった。
歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年

○手向山
「手向け」する山の意の普通名詞。旅の安全を祈って幣を手向ける山。(『新日本古典文学大系 古今和歌集』139ページより)
 

にしき【錦】

①絹織物の一。金糸銀糸色糸を使って織り成した、華麗な厚手の織物。「―綾の中につつめる斎児(いつきご)も」〈万一八〇七〉
②模様の華麗なものをたとえていう語。「みわたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の―なりける」〈古今五六〉
 

神のまにまに

●まにまに【随】

「……にそのまま従って」「……につれて」の意。「このたびは幣(ぬさ)もとりあへず手向山(たむけやま)もみぢの錦神のまにまに」(古今集・羇旅・道真、百人一首)「君がゆく越の白山しらねども雪のまにまに跡をたづねむ」(古今集・離別・兼輔)のように、「……にそのまま従って……」の意に解されるのである。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年

●まにま【随・随意】
〘副〙従って。まま。まにまに。「死にも生きも君が―と」〈万一七八五〉

●まにまに【随に】
〘副〙
①思う通りに。「天へ行かば、汝(な)が―」〈万八〇〇〉。「立つとも坐(う)とも君が―」〈万一九一二〉
②…に従って。…につれて。「漕ぎ行く―、海のほとりにとまれる人も遠くなりぬ」〈土佐一月九日〉
 

作者:菅家(かんけ) 菅原道真(すがわらのみちざね)について

宇多天皇の重臣

承和(じょうわ)12年(845)~延喜(えんぎ)3年(903)。参議(さんぎ)是善(これよし)の三男。

学者の家系に生まれ、おさないころから漢学にすぐれ、元慶(がんぎょう)元年(877)に文章博士(もんじょうはかせ)になりました。

宇多天皇(うだてんのう)(光孝天皇の皇子)に信頼され、従二位(じゅにい)右大臣(うだいじん)にのぼりました。

官位・位階

官位・位階

 

遣唐使廃止

遣唐使(けんとうし)は中国大陸の文化や情勢を学ぶために派遣されましたが、中国(当時は唐)が戦乱によりおとろえたため、寛平(かんぴょう)6年(894)、道真の意見により廃止されました。

日本史語呂合わせ:遣唐使廃止(白紙にもどそう遣唐使)

日本史語呂合わせ:遣唐使廃止(白紙にもどそう遣唐使)

 

大宰府(だざいふ)に左遷(させん)

右大臣の菅原道真は、左大臣の藤原時平(ふじわらのときひら/しへい)とともに朝廷の中心的立場にいましたが、道真をこころよく思わない人々に「道真は娘婿(むすめむこ)の斉世(ときよ)親王を天皇に即位させようとたくらんでいる」と讒言(ざんげん)(事実とちがったことを言って人をおとしいれること)され、昌泰(しょうたい)4年(901)、大宰権帥(だざいのごんのそち)として左遷されました。また、道真の4人の息子たちも各地に左遷されました。

※左遷当時は醍醐天皇。宇多天皇は譲位して上皇(じょうこう)になっていました。

菅原道真の系図:光孝・宇多・醍醐・朱雀・村上

菅原道真の系図:光孝・宇多・醍醐・朱雀・村上

 

大宰府(だざいふ)

大宰府は現在の福岡県にありました。長官が大宰帥(だざいのそち)です。

また、権官(ごんかん)と言って、定員外に人を増やすときは「権(ごん)」の字をつけて呼びます。大宰権帥(だざいのごんのそち)は大宰帥の権官ということです。

道真は京にもどることなく、延喜3年(903)、この地で没しました。

大宰府・大宰帥・大宰権帥

大宰府・大宰帥・大宰権帥

紫式部(むらさきしきぶ)の娘である大弐三位(だいにのさんみ)の呼称は、夫の高階成章(たかしなのなりあきら)の官職が大宰大弐だったことに由来します。
 

北野天満宮(北野天神)

道真の死後、京では道真の左遷に関与した時平や、その周辺の人々があいついで亡くなり、清涼殿(せいりょうでん)(天皇の住居)には雷が落ちます。

これを人々は、怨霊になった道真のたたりだと恐れ、鎮魂のために道真を北野天満宮(きたのてんまんぐう)(北野天神)に祭りました。

さらに、道真には朝廷から太政大臣の位が贈られ、左遷された道真の息子たちは京に呼びもどされました。
 

『更級日記』(さらしなにっき)

平安後期の日記文学、『更級日記』を書いた菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)は道真の子孫です。

また、孝標女の母方の伯母には、『蜻蛉日記』(かげろうにっき)を書いた藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)がいます。

更級日記(菅原孝標女)・蜻蛉日記(藤原道綱母)

更級日記(菅原孝標女)・蜻蛉日記(藤原道綱母)

孝標女は、後朱雀天皇(ごすざくてんのう)の皇女の祐子内親王(ゆうしないしんのう)に仕えました。同じく祐子内親王に出仕(しゅっし)した歌人に祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)がいます。

日記文学の覚え方

日記文学は「とかげいずむらさらさぬき」と覚えます。くわしくは「文学史のまとめ」のページをご覧ください。

●参考文献
・『新詳日本史』(2009年、浜島書店)
・『土屋の古文常識222』(土屋博映、1988年、代々木ライブラリー)
 

百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認

こちらは小倉百人一首の現代語訳一覧です。それぞれの歌の解説ページに移動することもできます。

●関連記事:同じく紅葉をよんだ和歌はこちら
嵐吹く三室の山の紅葉葉は竜田の川の錦なりけり(能因法師)

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いまただちぎりやまとは
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にきくながらむよのなか
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とだにのよはわがでは
さぎのなにおはばわするる
かぜよぐなにはわすじの
かぜいたみなにはわたのはら
きみがためはなそふわたのはら
きみがためはないろはぬれば
らやま

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