嵐ふく三室の山のもみぢ葉は龍田の川のにしきなりけり
小倉百人一首から、能因法師の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
能因法師
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※永承(えいしょう)4年(1049)の内裏(だいり)歌合せでよんだ歌。
嵐が吹いて三室の山の紅葉の葉は散って、ふもとの竜田川の水の流れは錦のように彩られているよ。
※「けり」は過去の助動詞ですが、和歌の中に使われた場合、基本的に詠嘆(~だなあ。~ことだ)の意味で訳します。接続は連用形。連用形接続の助動詞はぜんぶで、「き・けり・つ・ぬ・たり・たし・けむ」の7種類です。助動詞の解説は「古文の助動詞の意味と覚え方」をご覧ください。
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前につけられます。
永承四年内裏歌合によめる
※詞書の訳
永承(えいしょう)4年(1049)の内裏(だいり)歌合せでよんだ歌。
詞書の引用は『新日本古典文学大系 後拾遺和歌集』(久保田淳・平田喜信、1994年、岩波書店、119ページ)によります。
あらし
強く激しい風。(『新日本古典文学大系 後拾遺和歌集』119ページ)
三室の山
○み室の山
ここでは奈良県生駒郡(いこまぐん)の神無備山(かんなびやま)。紅葉の名所。(『新日本古典文学大系 後拾遺和歌集』119ページ)
●みむろ【御室】《ミは接頭語》
①貴人の住居。特に、僧坊・庵室をいう。「―うたげ(新築落成ノ祝宴)せむと云ひとよみて」〈記景行〉。「―にまうでて拝み奉るに」〈伊勢八三〉
②神の降り来臨する場所。「榊葉を神の―とあがむれば」〈夫木抄三四・神祇〉
●みむろのやま【三室山】
「三諸(みもろ)の山」ともいった。また「三室の岸」という形でもよまれた。『和歌初学抄』『八雲御抄』などは大和国とするが、「みむろ」は、本来、神の座す御室という意の普通名詞であり、各地にあってよいはずである。しかし、後世人麿の歌として伝承された『古今集』の「竜田川もみぢ葉流る神無備の三室の山に時雨降るらし」があまりにも有名であり、これによって、今の奈良県生駒郡斑鳩町の神無備山のことと考えられるようになった。以後もこの歌を受けて「神無備の三室山」とよまれることが多かったが、紅葉の名所として有名になり、「時雨」「錦」「色づく」などの語とともに、「三室山紅葉散るらし旅人のすげのをがさに錦おりかく」(金葉集・冬・経信)などのようによまれた。(中略)なお、「三室の岸」は「神無備の三室の岸やくづるらむ竜田の川の水の濁れる」(拾遺集・物名・草春)のように、竜田川の上流として考えられており、やはり「竜田川」とともによまれることが多かったのである。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
●かむなび【神名火・神奈備】
《ナは連体助詞》
神社のある所。神が天から降りて来る場所として信仰された山や森。大和では飛鳥・龍田のものが有名で、後、固有名詞化した。「―に神籬(ひもろき)立てて」〈万二六五七〉
竜田の川
み室の山の東のふもとを流れている川。(『新日本古典文学大系 後拾遺和歌集』119ページ)
●たつた【竜田】
「立田」とも書く。大和国の歌枕。奈良県生駒郡斑鳩町竜田。「竜田山」は『万葉集』に「大伴の御津(みつ)の泊(とまり)に船泊(は)てて竜田の山を何時か越え行(い)かむ」(巻十五)とあるように河内国から大和国への重要な交通路であった。同じく『万葉集』に「かりがねの来鳴(きな)きしなへに韓衣(からころも)たつ田の山はもみちそめたり」(巻十)とあるように早くから「もみぢ」がよまれていたが、「竜田山見つつ越(こ)え来し桜花散りか過ぎなむ吾が帰るとに」(巻二十)と「桜」もよまれぬわけではなかった。しかし、平安時代以後になると、「からころも立田の山のもみぢ葉は物思ふ人の袂なりけり」(後撰集・秋下・読人不知)「秋霧の峰にも尾にも竜田山紅葉の錦たまらざりけり」(拾遺集・秋・能宣)のように「もみぢ」と完全に結合してしまうのである。
ところで、『万葉集』にはなかった「竜田川」が『古今集』以後には頻出し、むしろ「竜田山」を数量的に圧倒するようになるが、やはり紅葉の名所としてのみとらえられている。「竜田川もみぢ乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなむ」(古今集・秋下・読人不知)「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」(古今集・秋下・業平、百人一首)など、有名な歌が多い。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
(※竜田川の様子は奈良県観光公式サイトをご覧ください。)
にしき【錦】
①絹織物の一。金糸銀糸色糸を使って織り成した、華麗な厚手の織物。「―綾の中につつめる斎児(いつきご)も」〈万一八〇七〉
②模様の華麗なものをたとえていう語。「みわたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の―なりける」〈古今五六〉
百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認
こちらは小倉百人一首の現代語訳一覧です。それぞれの歌の解説ページに移動することもできます。
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは(在原業平)
このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに(菅原道真)