音に聞くたかしの浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ
小倉百人一首から、祐子内親王家紀伊の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
祐子内親王家紀伊
音に聞く たかしの浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※藤原俊忠(ふじわらのとしただ)に贈られた歌に、答えてよんだ歌(※後述)。
評判の高い高師の浜のいたずらに立ち騒ぐ波のように、有名な浮気者のあなたを心に掛けることはいたしません。涙で袖を濡らすことになるといけないから。
※掛詞(かけことば)。音が同じことを利用して、二つの意味を表すことを言います。
※縁語(えんご)。ある言葉と縁(関係)のある言葉を強引によみこむことを言います。
※係助詞「こそ」は已然形で結びます。係り結びは「ぞ・なむ・や・か=連体、こそ=已然形」とまとめて覚えます。
藤原俊忠の歌
堀河院御時(ほりかはゐんのおほんとき)の艶書合(けさうぶみあはせ)によめる
人しれぬ思ひありその浦風(うらかぜ)に波のよるこそ言はまほしけれ
現代語訳
堀河(ほりかわ)天皇の時代の、康和(こうわ)四年(1102)閏(うるう)五月、内裏(だいり)艶書(けそうぶみ)歌合(うたあわせ)でよんだ歌。
人知れぬ恋の思いがありますが、荒磯の浦風によって波が寄る、そのような夜にこそ、あなたにこの思いを打ち明けたいのです。
※注
○ありその浦 荒磯の浦。普通名詞か。地名とも。「思ひあり」を懸ける。
○波のよる 「波の」までが序詞。「寄る」に夜を懸ける。
※詞書と歌、そして注の引用は『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』(川村晃生・柏木由夫・工藤重矩、1989年、岩波書店、133ページ)によります。
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌のよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前に置かれます。
返し(※贈られた歌に答えてよむ歌。返歌。返し歌。)
※詞書の引用は『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』(133ページ)によります。
音に聞く
●おと【音】
①響き。「沖辺(おきへ)の方に楫の―すなり」〈万三六二四〉。「風の―、虫のね」〈源氏桐壺〉
③噂。風聞。「―のみも名のみも聞きて」〈万四〇〇〇〉
○音に聞く
有名な。音が波の縁語。(『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』133ページ)
たかしのはま【高師浜】
『万葉集』に「大伴の高師の浜の松が根を枕に寝(ぬ)れど家し偲ばゆ」(巻一)とよまれ、『古今集』に「沖つ浪高師の浜の浜松の名にこそ君を待ちわたりつれ」(雑上・貫之)とよまれたのは和泉国、今の大阪府高石市の海岸であろう。今は臨海工業地帯になっているが、以前は白砂青松の景勝地として有名であった。『百人一首』で有名な「音に聞く高師の浜のあだ浪はかけじや袖の濡れもこそすれ」(金葉集・恋下・祐子内親王家紀伊)もここをよんだものであろう。(後略)
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
補足:高師の浜の地図
※高師の浜(高師の浦)と考えられている大阪府高石市の地図です。
あだなみ【徒波】
いたずらに立ち騒ぐ波。恋の歌で相手のうわついた心によそえていう事が多い。「浅き瀬にこそ―は立て」〈古今七二二〉
かけ
(※波を「かけ」と、思いを「かけ」を掛ける。)
袖
●そで【袖】
(前略)しかし、「袖」によって連想されるものは、やはり「涙」である。「天の川恋しき瀬にぞ渡りぬるたきつ涙に袖は濡れつつ」(後撰集・秋上・読人不知)「つれづれのながめにまさる涙川袖のみ濡れて逢ふよしもなし」(古今集・恋三・敏行)のように「涙」に「濡れ」、「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは」(後拾遺集・恋四・元輔、百人一首)のように「袖をしぼり」、「我ながら思ふか物をとばかりに袖にしぐるる庭の松風」(新古今集・雑中・有家)のように「袖」が「時雨」に濡れそぼち、「ぬばたまの夜渡る月をおもしろみ吾が居る袖に露ぞおきにける」(万葉集・巻七)のように「時雨」や「露」が袖を濡らし、「袖の雫(しづく)」(伊勢物語・七十五段)「袖の滝つせ」(新拾遺集・恋一)などにもたとえられたが、いっぽうそのように落ちる涙をとめるものとして「袖」を「柵(しがらみ)」(拾遺集・恋四)として用いたりもした。(後略)
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
●袖を絞・る
涙でぬれた袖をしぼる。袖をしぼるほど涙を流して泣く。「上一人より下万人に至るまで―・らぬはなかりけり」〈保元下・為義の北の方〉
もこそ
〘助〙
《不確実な推量や、打消と呼応する係助詞モと、強調を示す係助詞コソとの複合。将来に対する危惧・懸念を表わす。 →もぞ》
…するといけないから。…があるといけないから。「あるまじき恥―と心づかひして」〈源氏桐壺〉。「人怪しみとがめ―すれと思してまかで給ふべき日参り給へり」〈源氏賢木〉
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