恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
小倉百人一首から、相模の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
相模
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※永承6年(1051)の内裏歌合せのときに、よんだ歌。
うらみにうらんで、もはやうらむ気力すら失って、涙でかわくひまもない袖さえくちおしく思われるのに、恋の評判のためにきっと朽ちてしまうであろう私の名がもったいないことだ。
※連用中止法(れんようちゅうしほう)。連用形で文が途切れずに続いていくことを言います。接続助詞「て」を補っても意味は変わりません。
※係助詞「こそ」は已然形で結びます。係り結びは、「ぞ・なむ・や・か=連体、こそ=已然形」とまとめて覚えます。
助詞の解説は「古典の助詞の覚え方」をご覧ください。
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前につけられます。
永承(えいしょう)六年内裏(だいり)歌合(うたあわせ)に(※永承6年(1051)の内裏歌合せのときに、よんだ歌。)
※詞書の引用は『新日本古典文学大系 後拾遺和歌集』(久保田淳・平田喜信、1994年、岩波書店、261ページ)によります。
わぶ
一〘上二〙
《失意・失望・困惑の情を態度・動作にあらわす意》
①気落ちした様子を外に示す。落胆した様子を見せる。「吾無しとな―・びわが背子ほととぎす鳴かむ五月は玉を貫かさね」〈万三九九七〉。「言はむすべもなくせむすべも知らに、悔しび賜ひ―・び賜ひ」〈続紀宣命五一〉
⑧《動詞連用形について》…する気力を失う。…する力がぬける。「里遠み恋ひ―・びにけりまそ鏡面影さらず夢に見えこそ」〈万二六三四〉
袖だにあるものを
袖だけでも惜しいのに。「…だにあるものを」は、程度の軽い事例を挙げて、それだけでもつらいのになどの意を表し、下にそれ以上つらいことを言う場合に用いられる言い方。「来むといひて別るるだにもあるものを知られぬ今朝のましてわびしさ」(後撰・離別・藤原時平)。(『新日本古典文学大系 後拾遺和歌集』261ページ)
袖
●そで【袖】
(前略)しかし、「袖」によって連想されるものは、やはり「涙」である。「天の川恋しき瀬にぞ渡りぬるたきつ涙に袖は濡れつつ」(後撰集・秋上・読人不知)「つれづれのながめにまさる涙川袖のみ濡れて逢ふよしもなし」(古今集・恋三・敏行)のように「涙」に「濡れ」、「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは」(後拾遺集・恋四・元輔、百人一首)のように「袖をしぼり」、「我ながら思ふか物をとばかりに袖にしぐるる庭の松風」(新古今集・雑中・有家)のように「袖」が「時雨」に濡れそぼち、「ぬばたまの夜渡る月をおもしろみ吾が居る袖に露ぞおきにける」(万葉集・巻七)のように「時雨」や「露」が袖を濡らし、「袖の雫(しづく)」(伊勢物語・七十五段)「袖の滝つせ」(新拾遺集・恋一)などにもたとえられたが、いっぽうそのように落ちる涙をとめるものとして「袖」を「柵(しがらみ)」(拾遺集・恋四)として用いたりもした。(後略)
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
●袖を絞・る
涙でぬれた袖をしぼる。袖をしぼるほど涙を流して泣く。「上一人より下万人に至るまで―・らぬはなかりけり」〈保元下・為義の北の方〉
だに
(※さえ)
ものを
(※~のに)
朽つ
●く・ち【朽ち】
一〘上二〙
①ものがそこなわれて役に立たなくなる。「独り寝(ぬ)と薦(こも)―・ちめやも綾蓆(あやむしろ)緒になるまでに君をし待たむ」〈万二五三八〉。「御歯の少し―・ちて、口の内黒みて」〈源氏賢木〉
②すたれる。むなしく終る。「名の―・ちなむはさすがなり」〈源氏末摘花〉。「かかる海士(あま)の中に―・ちぬる身に」〈源氏明石〉
なむ
(※強意の助動詞「ぬ」未然形+推量の助動詞「む」連体形。「きっと~だろう」の意。)
な【名】
①物・人・観念を他と区別するために呼ぶ語。まなえ。「酒の―聖(ひじり)と負ほせし古への大き聖の言(こと)のよろしさ」〈万三三九〉。「妹が―呼びて袖そ振りつる」〈万二〇七〉
③世間への聞え。評判。「妹が―も我が―も立たば惜しみこそ」〈万二六九七〉
を・し【惜し・愛し】
〘形シク〙《すでに手中にしているものが大事で、手放せない感情をいう語。類義語アタラシは、その物のよさ美しさが生かされないのを、もったいないと思う意》
①(失ったり、そこなわれたりすることが)もったいない。「玉匣(たまくしげ)明けまく―・しきあたら夜を袖(ころもで)離(か)れて独りかも寝む」〈万一六九三〉。「お前の藤の花、いと面白う咲き乱れて、世の常の色ならず、ただ見過ぐさむ事―・しきさかりなるに」〈源氏藤裏葉〉
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