わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの雲居に紛ふ沖つ白波
小倉百人一首から、法性寺入道前関白太政大臣(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)(藤原忠通)の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
法性寺入道前関白太政大臣
わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居に紛ふ 沖つ白波
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※崇徳院(すとくいん)が天皇の位にいらっしゃったころ、「海上(かいじょう)の望遠(ぼうえん)」ということをよませなさった時によんだ歌。
広々とした海に舟を漕ぎだして見ると、雲と見分けのつかない沖の白波であることだ。
※体言止め(たいげんどめ)。和歌を体言(名詞)でしめくくることを言います。
※枕詞(まくらことば)。意味や音から特定の言葉を導きだす言葉のことです。「ひさかたの」は「雲・光・月」など、空に関係する言葉をみちびきます(例:「ひさかたの光のどけき春の日に」)。
※「已然形 + ば」の形で「~なので」「~すると」などの意味を表します。それぞれの意味は文脈によって判断します。
助詞の解説は「古文の助詞の覚え方」にまとめましたのでご確認ください。
※「沖つ白波」の「つ」は「~の」を意味します(例:「あまつかぜ」)。
本歌取り
わたの原漕ぎいでて見れば久方の雲ゐも波のうちにぞありける(御室五十首・藤原家隆)
※訳
広々とした海に舟を漕ぎだして見ると、雲も波のうちにまぎれて見えることだ。
※引用は『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』(川村晃生・柏木由夫・工藤重矩、1989年、岩波書店、340ページ)によります。
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌のよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前に置かれます。
新院(しんゐん)位(くらゐ)におはしましし時、海上ノ望遠といふことをよませ給(たまひ)けるによめる(※崇徳院(すとくいん)が天皇の位にいらっしゃった頃、「海上の望遠」ということをよませなさった時によんだ歌)
※注
○新院 崇徳院。
※詞書本文と注の引用は『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』(340ページ)によります。
わたのはら
●わた【海】
うみ。「―の底沖つ深江の海上(うなかみ)の子負(こふ)の原に」〈万八一三〉
●わたのはら【海の原】
《後にワダノハラと濁音にも》
広広とした海。大海。「―八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよあまの釣舟」〈古今四〇七〉。「―と云ふ時は、たを濁る。また清んでも読むぞ」〈古活字本日本書紀抄下〉
●わたのはら【海原】
「わたのそこ(海底)」は『万葉集』にあるが、「わたなか(海中)」「わたのはら」は『古今集』以後に用いられるようになったようである。広々とした大海のこと。隠岐へ流される時に小野篁がよんだという「わたの原八十島(やそしま)かけて漕ぎ出でぬと人には告(つ)げよ海人(あま)の釣舟」(古今集・羇旅、百人一首)はあまりにも有名であり、以後もその影響を受けた歌が多かった。「わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの雲居にまがふ沖つ白浪」(詞花集・雑下・忠通)「わたの原はるかに波をへだて来て都に出でし月を見るかな」(千載集・羇旅・西行)なども例外ではない。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
ひさかたの【久方の】
〔枕詞〕
①「天(あめ)」、転じて「雨」にかかる。「―天金機(あめかなばた)」〈紀歌謡五九〉。「―雨は降りしく」〈万四四四三〉
②「月」「雲」「光」など、天空に関するものにかかる。「―月は照りたり」〈万三六七二〉。「―光のどけき」〈古今八四〉
くもゐ【雲居】
①空。「時つ風―に吹くに」〈万二二〇〉
③雲。「我家(わぎへ)の方よ―立ち来(く)も」〈記歌謡三二〉
まがふ
●まが・ひマガイ【紛ひ】
一〘四段〙
①目がちらちらするほどに散り乱れる。入り乱れる。「乎布(をふ)の崎花散り―・ひ」〈万三九九三〉。「麟の―(ほしし)豹の胎(はらこもり)玉畳に紛綸(まが)へり」〈遊仙窟(醍醐寺本)鎌倉期点〉
②まじりあって見分けがつかなくなる。「菅原や伏見のくれに見渡せば霞に―・ふをはつせの山」〈後撰一二四三〉
沖つ白波
(※沖の白波)
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