いにしへの奈良の都の八重桜けふここのへに匂ひぬるかな
小倉百人一首から、伊勢大輔の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
伊勢大輔
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※一条天皇の時代、奈良の八重桜が内裏に献上された。そのとき、作者が中宮彰子の御前にひかえていたところ、中宮がその花をお与えになって「歌を詠め」とおっしゃったので、よんだ歌。
昔の奈良の都に咲いた八重桜が、今日はこの新しい都の宮中に美しく咲いたことです。
▽「いにしへ」「けふ」、「八重」「九重」と対語で構成。八重桜が九重に咲くとの言葉のあやが興趣の眼目。家集等に依れば、奈良の扶公僧都が中宮彰子に奉った桜で、紫式部がその取入れ役を新参の伊勢大輔に譲ったのだという。この即興の詠に、道長をはじめ「万人感歎、宮中鼓動」したと袋草紙※1は伝える。村上朝の梅花宴での源寛信の歌「折りて見るかひもある哉(かな)梅の花今日九重ににほひまさりて」(拾遺・雑春)の影響あるか。「九重に久しくにほへ八重桜のどけき春の風と知らずや」(金葉・賀・藤原実行)など、本歌取(ほんかどり)は多い。(『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』川村晃生・柏木由夫・工藤重矩、1989年、岩波書店、228ページ)
※1袋草紙(ふくろぞうし) … 藤原清輔(ふじわらのきよすけ)(1104~1177年)が書いた歌学書。
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前につけられます。
詞花和歌集・詞書
一条院御時(いちじょういんのおおんとき)、奈良の八重桜を人のたてまつりて侍(はべ)りけるを、そのおり御前に侍りければ、その花をたまひて、歌よめとおほせられければよめる(※一条天皇の時代、奈良の八重桜が内裏に献上された。そのとき、作者が中宮彰子の御前にひかえていたところ、中宮がその花をお与えになって「歌を詠め」とおっしゃったので、よんだ歌。)
※詞書の引用は『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』(227・228ページ)によります。
ここのへ【九重】
●ここのへ【九重(ここのえ)】
中国の王朝の門が九つ重なっていたことから皇居、内裏の意で用いられ「ここのへの御垣が原の小松原千代をばほかのものとやは見る」(金葉集・春・経信)のようによまれたが、単に九つ重なっていることを言っているかに見える。「白雲の九重に立つ峰なれば大内山といふにぞありける」(大和物語・三十五段)「朝まだき八重咲く菊の九重に見ゆるは霜のおけるなりけり」(後拾遺集・秋下・長房)なども、内裏(「大内山」も内裏のこと)を「九重」というのを前提としての表現であることははっきりしている。なお、「ここのへ」と同じ意で「ここのかさね(九重)」という語を用いた「……ここのかさねの 中にては 嵐の風も 聞かざりき……」(古今集・雑体・忠岑)のような例もある。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
●ここの【九】
ここのつ。「屈(かが)並(な)べて(指折リ並ベ数エテ)夜には―夜」〈記歌謡二六〉
●―へ エ 【九重】
①物が九つ重なること。転じて、数多く重なること。「八重咲く菊の―に見ゆるは霜の置けるなりけり」〈後拾遺三五一〉
②《「九重(きうちよう)」の訓読語。中国の王城は、門を九重に造ったからという。また、宮居を九天にかたどったともいう》㋑宮中。大内。皇居。「三十にてぞ今日また―を見給ひける」〈源氏賢木〉
○九重
内裏の意に「此処(ここ)」の意を掛ける。漢語の訓読みによる歌語。「ここのかさね」とも(古今集)。(『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』228ページ)
にほひ
●にほ・ひニオイ【匂ひ・薫ひ】
一〘四段〙
①赤く色が映える。「春の苑紅(くれなゐ)―・ふ桃の花」〈万四一三九〉
③色美しく映える。「多祜(たこ)の浦の底さへ―・ふ藤波を」〈万四二〇〇〉。「まみのなつかしげに―・給へるさま」〈源氏賢木〉
百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認
こちらは小倉百人一首の現代語訳一覧です。それぞれの歌の解説ページに移動することもできます。