61~70番歌

百人一首の意味と文法解説(61)いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな┃伊勢大輔

小倉百人一首解説:和歌の現代語訳・古文単語の意味・文法解説・品詞分解-61

投稿日:2018年3月12日 更新日:

いにしへの奈良の都の八重桜けふここのへに匂ひぬるかな

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小倉百人一首から、伊勢大輔の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。

また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。

ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。

原文

ogura-hyakunin-isshu-61

百人一首(61)いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな


画像転載元
国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162

翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)

hyakuni-isshu-honkoku-61

百人一首(61)いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな

釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)

伊勢大輔
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
 

字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)

hyakunin-isshu-jibo-61

百人一首(61)いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな

現代語訳(歌意)・文法解説

※一条天皇の時代、奈良の八重桜が内裏に献上された。そのとき、作者が中宮彰子の御前にひかえていたところ、中宮がその花をお与えになって「歌を詠め」とおっしゃったので、よんだ歌。

昔の奈良の都に咲いた八重桜が、今日はこの新しい都の宮中に美しく咲いたことです。

いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな

いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな

▽「いにしへ」「けふ」、「八重」「九重」と対語で構成。八重桜が九重に咲くとの言葉のあやが興趣の眼目。家集等に依れば、奈良の扶公僧都が中宮彰子に奉った桜で、紫式部がその取入れ役を新参の伊勢大輔に譲ったのだという。この即興の詠に、道長をはじめ「万人感歎、宮中鼓動」したと袋草紙※1は伝える。村上朝の梅花宴での源寛信の歌「折りて見るかひもある哉(かな)梅の花今日九重ににほひまさりて」(拾遺・雑春)の影響あるか。「九重に久しくにほへ八重桜のどけき春の風と知らずや」(金葉・賀・藤原実行)など、本歌取(ほんかどり)は多い。(『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』川村晃生・柏木由夫・工藤重矩、1989年、岩波書店、228ページ)

※1袋草紙(ふくろぞうし) … 藤原清輔(ふじわらのきよすけ)(1104~1177年)が書いた歌学書。
 

語釈(言葉の意味)

※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
 

詞書(ことばがき)

※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前につけられます。
 

詞花和歌集・詞書

一条院御時(いちじょういんのおおんとき)、奈良の八重桜を人のたてまつりて侍(はべ)りけるを、そのおり御前に侍りければ、その花をたまひて、歌よめとおほせられければよめる(※一条天皇の時代、奈良の八重桜が内裏に献上された。そのとき、作者が中宮彰子の御前にひかえていたところ、中宮がその花をお与えになって「歌を詠め」とおっしゃったので、よんだ歌。)

※詞書の引用は『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』(227・228ページ)によります。
 

ここのへ【九重】

●ここのへ【九重(ここのえ)】

中国の王朝の門が九つ重なっていたことから皇居、内裏の意で用いられ「ここのへの御垣が原の小松原千代をばほかのものとやは見る」(金葉集・春・経信)のようによまれたが、単に九つ重なっていることを言っているかに見える。「白雲の九重に立つ峰なれば大内山といふにぞありける」(大和物語・三十五段)「朝まだき八重咲く菊の九重に見ゆるは霜のおけるなりけり」(後拾遺集・秋下・長房)なども、内裏(「大内山」も内裏のこと)を「九重」というのを前提としての表現であることははっきりしている。なお、「ここのへ」と同じ意で「ここのかさね(九重)」という語を用いた「……ここのかさねの 中にては 嵐の風も 聞かざりき……」(古今集・雑体・忠岑)のような例もある。
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年

●ここの【九】
ここのつ。「屈(かが)並(な)べて(指折リ並ベ数エテ)夜には―夜」〈記歌謡二六〉

●―へ エ 【九重】
①物が九つ重なること。転じて、数多く重なること。「八重咲く菊の―に見ゆるは霜の置けるなりけり」〈後拾遺三五一〉
②《「九重(きうちよう)」の訓読語。中国の王城は、門を九重に造ったからという。また、宮居を九天にかたどったともいう》㋑宮中。大内。皇居。「三十にてぞ今日また―を見給ひける」〈源氏賢木〉

○九重
内裏の意に「此処(ここ)」の意を掛ける。漢語の訓読みによる歌語。「ここのかさね」とも(古今集)。(『新日本古典文学大系 金葉和歌集 詞花和歌集』228ページ)
 

にほひ

●にほ・ひニオイ【匂ひ・薫ひ】
一〘四段〙
①赤く色が映える。「春の苑紅(くれなゐ)―・ふ桃の花」〈万四一三九〉
③色美しく映える。「多祜(たこ)の浦の底さへ―・ふ藤波を」〈万四二〇〇〉。「まみのなつかしげに―・給へるさま」〈源氏賢木〉
 

百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認

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あきぜに ぎりす はるぎて
あきたの こころてに はるよの
ぬれば こころ かたの
あさふの ひとを ひといさ
あさぼらけ たびは ひとをし
あさぼらけ すてふ くからに
ひきの やこの ととぎす
あはしま びしさに みかもり
あはとも ぶれど みかはら
みての つゆに ばやな
あふとの みのえの のくの
あまかぜ をはやみ しのの
あまはら さごの らさめの
あららむ のおとは ぐりあひて
あらふく のうらに しきや
ありけの わかれ ともに
ありやま のをよ らはで
しへの をかも むぐら
いまむと ちぎりきし やまはに
いまただ ちぎり やまとは
りける やぶる されば
みわび みれば のとを
やまに ばねの よのなか
にきく ながらむ よのなか
おほやま ながへば すがら
おほなく なげつつ こめて
ひわび なげとて わがほは
とだに のよは わがでは
さぎの なにおはば わするる
かぜよぐ なには わすじの
かぜいたみ なには わたのはら
きみがため はなそふ わたのはら
きみがため はないろは ぬれば
らやま

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都内の私立大学 文学部国文学専攻出身
お菓子メーカー勤務のサラリーマン
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