小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)のすべての歌にふりがなをつけました。ひらがなつきで一覧表にして、小学生のかたにも和歌の読み方や意味がわかるようにしました。現代仮名遣いもつけたので簡単に読めるはずです。たくさんのかたに百人一首の魅力(みりょく)がつたわればうれしいです。
※縦書きの百人一首の一覧ポスター(全4ページ)。印刷してお使い頂けます。
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百人一首一覧(ひらがな付き)
1~25
001 天智天皇 (てんじてんのう)
原文
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ
(あきのたの かりほのいほ(お)の とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ)
解説
秋(あき)の田んぼの仮(かり)につくった小屋(こや)の苫(とま)があらいので、わたしの服(ふく)のそでは露(つゆ)にぬれている。
002 持統天皇 (じとうてんのう)
原文
春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
(はるすぎて なつきにけらし しろたへ(え)の ころもほすてふ(ちょう) あまのかぐやま)
解説
春がすぎて夏がきたようだ。「夏になると衣(ころも)をほす」という天(あま)の香具山(かぐやま)に衣がほしてある。
003 柿本人麻呂 (かきのもとのひとまろ)
原文
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
(あしびきの やまどりのを(お)の しだりを(お)の ながながしよを ひとりかもねむ(ん))
解説
山鳥(やまどり)のながくたれさがっている尾(お)のように、ながい夜(よる)をひとりでねるのだろうか。
004 山辺赤人 (やまべのあかひと)
原文
田子の浦に うちいでて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ
(たごのうらに うちいでてみれば しろたへ(え)の ふじのたかねに ゆきはふりつつ)
解説
田子(たご)の浦(うら)にでてみると、富士山(ふじさん)の山頂(さんちょう)にまっ白な雪(ゆき)がふっている。
005 猿丸大夫 (さるまるだゆう)
原文
奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき
(おくやまに もみぢ(じ)ふみわけ なくしかの こゑ(え)きくときぞ あきはかなしき)
解説
おくぶかい山(やま)にもみじをふみわけていき、鳴(な)いている鹿(しか)の声(こえ)をきくときが、秋(あき)はとくにかなしいのだ。
006 大伴家持 (おおとものやかもち)
原文
かささぎの わたせる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける
(かささぎの わたせるはし におくしもの しろきをみれば よぞふけにける)
解説
かささぎがつばさをならべてかけた橋(はし)、すなわち天の川(あまのがわ)に、霜(しも)がおいて白々(しらじら)とさえわたっているのをみると、はやくも夜(よる)がふけたことだ。
007 阿部仲麿 (あべのなかまろ)
原文
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも
(あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも)
解説
ふりむいてひろびろとした大空(おおぞら)を見わたすと、そこには夜空(よぞら)にかかる月(つき)、あれは、春日(かすが)にある三笠(みかさ)の山(やま)にのぼった月(つき)なのだなあ。
008 喜撰法師 (きせんほうし)
原文
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世を宇治山と 人は言ふなり
(わがいほ(お)は みやこのたつみ しかぞすむ よをうぢ(じ)やまと ひとはいふ(う)なり)
解説
わたしの仮(かり)のすまいは都(みやこ)の東南(とうなん)にあり、その「巽(たつみ)」という名(な)のとおりつつましく住んでいる。しかし、世間(せけん)の人はここを、世間をさけて住む山、宇治山(うじやま)というらしい。
009 小野小町 (おののこまち)
原文
花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
(はなのいろは うつりにけりな いたづ(ず)らに わがみよにふる ながめせしまに)
解説
花(はな)の色(いろ)はおとろえてしまったなあ。わたしがこの世(よ)でむなしくすごしているあいだに、というわけではないけれど、ふりつづく長雨(ながあめ)をぼんやりと見ながら物思(ものおも)いにふけるあいだに。
010 蝉丸 (せみまる)
原文
これやこの 行くも帰るも わかれては 知るも知らぬも 逢坂の関
(これやこの ゆくもかへ(え)るも わかれては しるもしらぬも あふ(おう)さかのせき)
解説
これがあの、東(ひがし)のほうへゆく人も都(みやこ)へかえる人もここでわかれ、また、知(し)っている人も知らない人もここであうという逢坂(おうさか)の関(せき)なのだ。
011 参議篁 (さんぎたかむら)
原文
わたの原 八十島かけて 漕ぎいでぬと 人にはつげよ あまのつり舟
(わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと ひとにはつげよ あまのつりぶね)
解説
「ひろびろとした海(うみ)へ、たくさんの島々(しまじま)をめざして舟(ふね)をこぎだしていった」と、京(きょう)の都(みやこ)にいる人々(ひとびと)に告(つ)げてくれ、漁師(りょうし)の釣り舟(つりぶね)よ。
012 僧正遍昭 (そうじょうへんじょう)
原文
天つ風 雲の通ひ路 ふきとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
(あまつかぜ くものかよひ(い)ぢ(じ) ふきとぢ(じ)よ を(お)とめのすがた しばしとどめむ(ん))
解説
大空(おおぞら)をふく風(かぜ)よ、雲(くも)のあいだのとおり道(みち)をふきとじてしまってくれ。五節(ごせち)に舞(ま)う少女(おとめ)のすがたをしばらくとどめておきたいのだ。
013 陽成院 (ようぜいいん)
原文
つくばねの みねよりおつる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
(つくばねの みねよりおつる みなのがは(わ) こひ(い)ぞつもりて ふちとなりぬる)
解説
筑波山(つくばやま)のみねからながれおちる男女川(みなのがわ)のふかいところのように、わたしの恋(こい)もつもりにつもって淵(ふち)のようにふかくなったのだ。
014 河原左大臣 (かわらのさだいじん)
原文
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに みだれそめにし われならなくに
(みちのくの しのぶもぢ(じ)ずり たれゆゑ(え)に みだれそめにし われならなくに)
解説
陸奥国(みちのくのくに)の信夫郡(しのぶぐん)でつくられる忍草(しのぶぐさ)のすり染(ぞ)めの模様(もよう)がみだれているように、あなた以外(いがい)のだれかのせいで思いみだれたわたしではないのに。
015 光孝天皇 (こうこうてんのう)
原文
君がため 春の野にいでて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ
(きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ)
解説
あなたのために、春(はる)の野(の)にでて若菜(わかな)をつんでいるわたしのそでに、雪(ゆき)がふりかかってきております。
016 中納言行平 (ちゅうなごんゆきひら)
原文
立ちわかれ いなばの山の みねに生ふる まつとし聞かば いま帰り来む
(たちわかれ いなばのやまの みねにおふ(う)る まつとしきかば いまかへ(え)りこむ(ん))
解説
出立(しゅったつ)しておわかれして、さっていったならば、そこはもう因幡国(いなばのくに)です。その因幡山(いなばやま)の峰(みね)にはえている松(まつ)ではないけれど、「わたしをまっている」ときいたならば、いますぐにもかえってまいりましょう。
017 在原業平朝臣 (ありわらのなりひらあそん)
原文
ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
(ちはやぶる かみよもきかず たつたがは(わ) からくれなゐ(い)に みづ(ず)くくるとは)
解説
神代(かみよ)のむかしにもきいたことがない。竜田川(たつたがわ)の水(みず)のながれを深紅(しんく)にくくり染(ぞ)めにするとは。
018 藤原敏行朝臣 (ふじわらのとしゆきあそん)
原文
住江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ
(すみのえの きしによるなみ よるさへ(え)や ゆめのかよひ(い)ぢ(じ) ひとめよくらむ(ん))
解説
住江(すみのえ)の岸(きし)によせる波(なみ)ではないけれど、昼(ひる)だけでなく夜(よる)までも、どうしてあの人(ひと)は夢(ゆめ)のなかの通い路(かよいじ)で人目(ひとめ)をさけているのだろうか。
019 伊勢 (いせ)
原文
難波潟 みじかき葦の ふしの間も あはでこの世を すぐしてよとや
(なには(わ)がた みじかきあしの ふしのまも あは(わ)でこのよを すぐしてよとや)
解説
難波潟(なにわがた)にはえている葦(あし)の、そのみじかい節(ふし)と節(ふし)のあいだのようにみじかいあいだも、あなたにあわずにこの世(よ)をすごせというのでしょうか。
020 元良親王 (もとよししんのう)
原文
わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
(わびぬれば いまはたおなじ なには(わ)なる みをつくしても あは(わ)む(ん)とぞおもふ(う))
解説
恋(こい)になげいているので、いまとなっては苦(くる)しみもやはりおなじことだ。難波(なにわ)にある澪標(みおつくし)ではないけれど、この身(み)をほろぼしてもあおうと思うのだ。
021 素性法師 (そせいほうし)
原文
いま来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな
(いまこむ(ん)と いひ(い)しばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな)
解説
あなたが「いまいきます」と言ったばかりに、9月のながい夜(よる)の、有明の月(ありあけのつき)がでるまで、わたしはあなたがくるのかこないのか考えながら、お待ちしてしまったことだ。
022 文屋康秀 (ふんやのやすひで)
原文
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ
(ふくからに あきのくさきの しを(お)るれば むべやまかぜを あらしといふらむ(ん))
解説
ちょっと風(かぜ)がふくだけで秋の草木がぐったりするので、なるほど、それで山からふく風を「嵐(あらし)」というのだろう。
023 大江千里 (おおえのちさと)
原文
月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど
(つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど)
解説
月をみると、心(こころ)がさまざまにみだれてかなしいことだ。わたしひとりだけにおとずれる秋ではないのだが。
024 菅家 (かんけ)
原文
このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに
(このたびは ぬさもとりあへ(え)ず たむけやま もみぢ(じ)のにしき かみのまにまに)
解説
今回(こんかい)の旅(たび)は幣(ぬさ)の用意(ようい)もできませんでした。手向山(たむけやま)のいろとりどりのもみじの葉(は)を幣(ぬさ)としてさしあげますので、神のお心(こころ)にしたがって、お受(う)けとりください。
025 三条右大臣 (さんじょうのうだいじん)
原文
名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
(なにしおは(わ)ば あふ(おう)さかやまの さねかづ(ず)ら ひとにしられで くるよしもがな)
解説
「あって寝(ね)る」という名をもっているならば、逢坂山(おうさかやま)のさねかずらよ、それをたぐりよせるように、人にしられずにあなたのところにくることができたらなあ。
26~50
026 貞信公 (ていしんこう)
原文
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば いまひとたびの みゆき待たなむ
(を(お)ぐらやま みねのもみぢ(じ)ば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ(ん))
解説
小倉山(おぐらやま)のみねの紅葉(もみじ)よ、もしもおまえに心があるならば、醍醐天皇(だいごてんのう)のおでましがあるまで散(ち)らずに待(ま)っていてほしいものだ。
027 中納言兼輔 (ちゅうなごんかねすけ)
原文
みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ
(みかのはら わきてながるる いづ(ず)みがは(わ) いつみきとてか こひ(い)しかるらむ(ん))
解説
「甕(みか)」という名(な)をもつ「みかのはら」にわいてながれる泉川(いづみがわ)の、その「いつみ」ではないが、「いつ見(み)た」ということから、これほどまで恋(こい)しいのだろうか。
028 源宗于朝臣 (みなもとのむねゆきあそん)
原文
山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬと思へば
(やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへ(え)ば)
解説
山里は、冬がとくにさびしさのまさって感(かん)じられることだ。人のおとずれもなくなって、草木(くさき)も枯(か)れてしまうから。
029 凡河内躬恒 (おおしこうちのみつね)
原文
心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花
(こころあてに を(お)らばやを(お)らむ(ん) はつしもの おきまどは(わ)せる しらぎくのはな)
解説
あて推量(ずいりょう)に、もし折るならば折ってしまおうか。初霜(はつしも)がおいて見わけがつかなくなっている白菊(しらぎく)の花を。
030 壬生忠岑 (みぶのただみね)
原文
有明の つれなく見えし わかれより 暁ばかり うきものはなし
(ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきばかり うきものはなし)
解説
月(つき)が空(そら)にのこっているうちに夜明(よあ)けになったそのころに、つめたく見えたあなたとの無情(むじょう)なわかれ以来(いらい)、暁(あかつき)ほどつらいものはない。
031 坂上是則 (さかのうえのこれのり)
原文
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に ふれる白雪
(あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに よしののさとに ふれるしらゆき)
解説
夜(よる)がほんのりと明(あ)けて、ものがほのかに見えるころ、有明(ありあけ)の月とおもわれるほどに、吉野(よしの)の里(さと)にふった白雪(しらゆき)である。
032 春道列樹 (はるみちのつらき)
原文
山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ もみぢなりけり
(やまがは(わ)に かぜのかけたる しがらみは ながれもあへ(え)ぬ もみぢ(じ)なりけり)
解説
山をながれる川に風(かぜ)がかけている柵(さく)だとおもったのは、ながれきらずにいる紅葉(もみじ)の葉(は)であった。
033 紀友則 (きのとものり)
原文
ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
(ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづ(ず)ごころなく はなのちるらむ(ん))
解説
日(ひ)の光(ひかり)がやわらかな春の日に、なぜおちついた心(こころ)もなく桜(さくら)の花はちるのだろうか。
034 藤原興風 (ふじわらのおきかぜ)
原文
誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
(たれをかも しるひとにせむ(ん) たかさごの まつもむかしの ともならなくに)
解説
いったいだれをほんとうのの友人(ゆうじん)にしようか。あの高砂(たかさご)の松もふるいとはいえ、むかしからのわたしの友人というわけではないのだ。
035 紀貫之 (きのつらゆき)
原文
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
(ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほ(お)ひ(い)ける)
解説
人のほうは、心(こころ)が変(か)わったのか、さあわかりません。むかしなじみのこの里(さと)では、花がむかしのとおりの香(かお)りでにおっていることです。
036 清原深養父 (きよはらのふかやぶ)
原文
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ
(なつのよは まだよひ(い)ながら あけぬるを くものいづ(ず)こに つきやどるらむ(ん))
解説
夏の夜(よる)は、まだ宵(よい)でありながら明(あ)けてしまうが、(西の空にしずむひまなどないはずだから)いったい雲(くも)のどのあたりに、月は宿(やど)をとっているのだろうか。
037 文屋朝康 (ふんやのあさやす)
原文
白露に 風のふきしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
(しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける)
解説
白露(しらつゆ)に風(かぜ)がしきりにふきつける秋の野は、まるで糸(いと)につらぬきとめない玉を散らしたようだ。
038 右近 (うこん)
原文
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな
(わすらるる みをばおもは(わ)ず ちかひ(い)てし ひとのいのちの を(お)しくもあるかな)
解説
あなたにわすれられるわが身(み)のことは何(なん)とも思わないが、「心(こころ)がわりしない」と誓(ちか)ったあなたの命が、誓いをやぶった罰(ばつ)でうしなわれることが、もったいなくも思われることだ。
039 参議等 (さんぎひとし)
原文
浅茅生の をののしの原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき
(あさぢふ(う)の を(お)ののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこひ(い)しき)
解説
浅茅(あさじ)のはえている野原(のはら)の篠原(しのはら)よ、その「しの」ではないが、いくらたえしのんでも、こらえきれないほど、どうしてあなたが恋(こい)しいのか。
040 平兼盛 (たいらのかねもり)
原文
しのぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
(しのぶれど いろにいでにけり わがこひ(い)は ものやおもふ(う)と ひとのとふ(う)まで)
解説
かくしても顔色(かおいろ)にでてしまった、わたしの恋(こい)は。「物思いをしているのか」と人がたずねるほどに。
041 壬生忠見 (みぶのただみ)
原文
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 思ひそめしか
(こひ(い)すてふ(ちょう) わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひ(い)そめしか)
解説
「恋(こい)をしている」というわたしの評判(ひょうばん)は早(はや)くも立(た)ってしまった。人しれず心(こころ)ひそかに思いそめたのに。
042 清原元輔 (きよはらのもとすけ)
原文
契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは
(ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すゑ(え)のまつやま なみこさじとは)
解説
心(こころ)がわりすることはあるまいと、あなたと約束(やくそく)いたしましたのに。おたがいに涙(なみだ)でぬれた袖(そで)をしぼりながら、「すえの松山(まつやま)を波(なみ)がこえることはあるまい」と。
043 権中納言敦忠 (ごんちゅうなごんあつただ)
原文
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり
(あひ(い)みての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもは(わ)ざりけり)
解説
あなたにお会(あ)いして契(ちぎ)りをむすんでから(夜をともにすごし、いっしょにねてから)あとの、恋(こい)しい心(こころ)にくらべると、それ以前(いぜん)は何(なん)の物思いもしなかったとおなじことだ。
044 中納言朝忠 (ちゅうなごんあさただ)
原文
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし
(あふ(おう)ことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし)
解説
あうということがまったく期待(きたい)できないならば、もうあきらめてしまって、そうすればかえって、相手(あいて)の無情(むじょう)さも自分(じぶん)の不運(ふうん)さも、うらむことがないだろうに。
045 謙徳公 (けんとくこう)
原文
あはれとも 言ふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
(あは(わ)れとも いふ(う)べきひとは おもほ(お)えで みのいたづ(ず)らに なりぬべきかな)
解説
たとえ恋(こい)こがれて死んだとしても、わたしを「ああ、かわいそうだ」と言ってくれそうな人は思いうかばず、きっとわたしはむなしく死んでしまうのだろうな。
046 曽祢好忠 (そねのよしただ)
原文
由良のとを わたる舟人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな
(ゆらのとを わたるふなびと かぢ(じ)をたえ ゆくへ(え)もしらぬ こひ(い)のみちかな)
解説
由良(ゆら)の水路(すいろ)をこいでわたる舟人(ふなびと)がかじをうしなってこまりはてるように、たよりとする人をうしなって、行方(ゆくえ)もわからない恋(こい)の道(みち)であることだ。
047 恵慶法師 (えぎょうほうし)
原文
八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋はきにけり
(やへ(え)むぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそみえね あきはきにけり)
解説
たくさんの雑草(ざっそう)がはえている宿(やど)で、あれはてているように感(かん)じられる宿(やど)に、人は見えないが、秋はやってきたのだ。
048 源重之 (みなもとのしげゆき)
原文
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな
(かぜをいたみ いは(わ)うつなみの おのれのみ くだけてものを おもふ(う)ころかな)
解説
風がつよいので、岩(いわ)はまったく動(どう)じずに、岩にぶつかる波(なみ)だけがくだけちるように、あなたはまったく心(こころ)をうごかさずに自分(じぶん)だけが、心もくだけるばかりに胸(むね)のうちで思いにふけるこのごろであるよ。
049 大中臣能宣朝臣 (おおなかとみのよしのぶあそん)
原文
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ
(みかきもり ゑ(え)じのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもへ(え))
解説
内裏(だいり)の御垣守(みかきもり)である衛士(えじ)の焚(た)く火のように、夜(よる)は恋(こい)の思(おも)い燃(も)えて、昼(ひる)はこころもきえるようになって、毎日のように思いわずらっていることだ。
050 藤原義孝 (ふじわらのよしたか)
原文
君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな
(きみがため を(お)しからざりし いのちさへ(え) ながくもがなと おもひ(い)けるかな)
解説
あなたにあうために、おしくはないと思っていた命(いのち)までも、こうしておあいできたあとは、ながく生(い)きていたいと思われることです。
51~75
051 藤原実方朝臣 (ふじわらのさねかたあそん)
原文
かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな もゆる思ひを
(かくとだに えやは(わ)いぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひ(い)を)
解説
「わたしはこのように恋(こい)をしている」とだけでもいうことができないので、伊吹山(いぶきやま)のさしも草(ぐさ)ではないけれど、これほどもえているわたしの思いを、あなたは知らないでしょうね。
052 藤原道信朝臣 (ふじわらのみちのぶあそん)
原文
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな
(あけぬれば くるるものとは しりながら なほ(お)うらめしき あさぼらけかな)
解説
「夜があけるといつも日がくれて、そして、あなたにあえるのだ」とは知っていながら、やはりうらめしいのは(恋人(こいびと)とわかれる時間(じかん)の)夜があけるころであるよ。
053 右大将道綱母 (うだいしょうみちつなのはは)
原文
なげきつつ ひとりぬる夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
(なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかは(わ)しる)
解説
あなたがこないのをなげきながら、一人でねる夜があけるまでのあいだは、どれほどながいものなのか、あなたは知(し)っているだろうか、いや、知らないだろう。
054 儀同三司母 (ぎどうさんしのはは)
原文
わすれじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな
(わすれじの ゆくすゑ(え)までは かたければ けふ(きょう)をかぎりの いのちともがな)
解説
あなたがわたしを忘(わす)れまいとおっしゃる、その遠(とお)い将来(しょうらい)のことまでは、たのみにしがたいことなので、こうしてお会(あ)いしている今日(きょう)かぎりの命(いのち)であってほしいものです。
055 大納言公任 (だいなごんきんとう)
原文
滝の音は 絶えてひさしく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ
(たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほ(お)きこえけれ)
解説
滝のながれ落(お)ちる音(おと)は、きこえなくなってからながい時間(じかん)がたったが、その評判(ひょうばん)は世間(せけん)にながれて今(いま)も知られている。
056 和泉式部 (いずみしきぶ)
原文
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな
(あらざらむ(ん) このよのほかの おもひ(い)でに いまひとたびの あふ(おう)こともがな)
解説
この世からいなくなってしまうので、思い出にもう一度、あなたにお会いしたいのです。
057 紫式部 (むらさきしきぶ)
原文
めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな
(めぐりあひ(い)て みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よは(わ)のつきかな)
解説
ひさびさに再会(さいかい)して、むかし見た面影(おもかげ)かどうかも見わけがつかないあいだに、雲(くも)にかくれた夜(よる)の月(つき)のように、かえってしまったあの人よ。
058 大弐三位 (だいにのさんみ)
原文
有馬山 猪名の笹原 風ふけば いでそよ人を 忘れやはする
(ありまやま ゐ(い)なのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやは(わ)する)
解説
有馬山(ありまやま)にほどちかい猪名(いな)の笹原(ささはら)に風(かぜ)がふくと、笹(ささ)の葉(は)がそよそよと音(おと)をたてるように、さあ、そうですよ、あなたのことをわすれることがありましょうか、いや、けっしてわすれません。
059 赤染衛門 (あかぞめえもん)
原文
やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて かたぶくまでの 月をみしかな
(やすらは(わ)で ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな)
解説
あなたがこないと知っていたら、ためらわずに寝(ね)てしまったのだが。夜(よる)がふけて、西の空(そら)にかたむくほどの月を見てしまったことだ。
060 小式部内侍 (こしきぶのないし)
原文
大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立
(おほ(お)えやま いくののみちの とほ(お)ければ まだふみもみず あまのはしだて)
解説
大江山(おおえやま)をこえ、生野(いくの)をとおって行く道(みち)のりが遠(とお)いので、母(はは)の和泉式部(いずみしきぶ)がいる天橋立(あまのはしだて)へ行ったことはまだありませんし、母からの手紙(てがみ)をまだ見ておりません。
061 伊勢大輔 (いせのたいふ)
原文
いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重に にほひぬるかな
(いにしへ(え)の ならのみやこの やへ(え)ざくら けふ(きょう)ここのへ(え)に にほ(お)ひ(い)ぬるかな)
解説
むかしの奈良(なら)の都(みやこ)に咲(さ)いた八重桜(やえざくら)が、今日(きょう)はこの宮中(きゅうちゅう)にうつくしく咲いたことだ。
062 清少納言 (せいしょうなごん)
原文
夜をこめて 鳥のそらねは はかると よに逢坂の 関はゆるさじ
(よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふ(おう)さかの せきはゆるさじ)
解説
夜(よる)がふかいうちに、ニワトリの鳴(な)きまねをしてだまそうとしても、函谷関(かんこくかん)で通行(つうこう)がゆるされたのとはちがって、わたしがあなたと会(あ)うという、その逢坂(おうさか)の関(せき)は、けっしておとおりになれますまい。
063 左京大夫道雅 (さきょうのだいぶみちまさ)
原文
いまはただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな
(いまはただ おもひ(い)たえなむ(ん) とばかりを ひとづてならで いふ(う)よしもがな)
解説
あっていただけない今(いま)となっては、「あなたにたいする思いもきっと途切(とぎ)れさせてしまいましょう」とだけ、人づてではなく、直接(ちょくせつ)お目にかかっていう方法(ほうほう)があればなあ。
064 権中納言定頼 (ごんちゅうなごんさだより)
原文
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木
(あさぼらけ うぢ(じ)のかは(わ)ぎり たえだえに あらは(わ)れわたる せぜのあじろぎ)
解説
夜(よる)がほんのりと明(あ)けて、ものがほのかに見(み)えるころ、宇治川(うじがわ)にたちこめた霧(きり)の切(き)れ間(ま)切れ間から、一面(いちめん)にあらわれる浅瀬(あさせ)のあちらこちらの網代(あじろ)であるよ。
065 相模 (さがみ)
原文
うらみわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
(うらみわび ほさぬそでだに あるものを こひ(い)にくちなむ(ん) なこそを(お)しけれ)
解説
うらみなげき、涙(なみだ)でかわくひまもない袖(そで)さえあるのに、恋(こい)の評判(ひょうばん)にきっとむなしくなってしまうだろう我(わ)が名(な)がもったいないことだ。
066 前大僧正行尊 (さきのだいそうじょうぎょうそん)
原文
もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに しる人もなし
(もろともに あは(わ)れとおもへ(え) やまざくら はなよりほかに しるひともなし)
解説
わたしが花(はな)をなつかしく思(おも)うように、わたしをなつかしく思ってくれ、山桜(やまざくら)よ。花(はな)以外(いがい)にわたしの心(こころ)を理解(りかい)する人はいないのだ。
067 周防内侍 (すおうのないし)
原文
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ
(はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひ(い)なくたたむ(ん) なこそを(お)しけれ)
解説
春(はる)の夜(よる)の夢(ゆめ)のようにはかないものとして、あなたの腕(うで=かいな)をまくらにお借(か)りして、つまらなくも知(し)れわたるようなわが浮名(うきな)がもったいなく思われることです。
068 三条院 (さんじょういん)
原文
こころにも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな
(こころにも あらでうきよに ながらへ(え)ば こひ(い)しかるべき よは(わ)のつきかな)
解説
本心(ほんしん)とはちがって、このつらい世(よ)の中(なか)に生(い)きながらえていたならば、今夜(こんや)のこの月(つき)が、きっと恋(こい)しく思いだされるだろうなあ。
069 能因法師 (のういんほうし)
原文
あらしふく 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の にしきなりけり
(あらしふく みむろのやまの もみぢ(じ)ばは たつたのかは(わ)の にしきなりけり)
解説
嵐(あらし)がふいて三室(みむろ)の山(やま)のもみじの葉(は)はちって、竜田川(たつたがわ)の水のながれは錦(にしき)のようにいろどられている。
070 良暹法師 (りょうぜんほうし)
原文
さびしさに 宿を立ちいでて ながむれば いづこもおなじ 秋の夕暮れ
(さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづ(ず)こもおなじ あきのゆふ(う)ぐれ)
解説
さびしさのために、住(す)まいをでて、あたりをながめると、どこもおなじようにわびしい秋の夕暮(ゆうぐ)れであるよ。
071 大納言経信 (だいなごんつねのぶ)
原文
夕されば 門田の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞふく
(ゆふ(う)されば かどたのいなば おとづ(ず)れて あしのまろやに あきかぜぞふく)
解説
夕方(ゆうがた)になると、門前(もんぜん)の田んぼの稲(いね)の葉(は)に音(おと)をたてさせ、葦(あし)の仮小屋(かりごや)に秋風(あきかぜ)がふいてくるのだ。
072 祐子内親王家紀伊 (ゆうしないしんのうけのきい)
原文
音にきく 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
(おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ)
解説
評判(ひょうばん)のたかい高師(たかし)の浜(はま)のいたずらにたちさわぐ波(なみ)ではないけれど、浮気者(うわきもの)のあなたを心(こころ)に掛(か)けることはいたしません。なみだで袖(そで)をぬらすことになるといけないから。
073 権中納言匡房 (ごんちゅうなごんまさふさ)
原文
高砂の 尾の上の桜 さきにけり 外山の霞 たたずもあらなむ
(たかさごの を(お)のへ(え)のさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ(ん))
解説
小高(こだか)い山(やま)のうえに桜(さくら)が咲(さ)いたことだ。人里(ひとざと)にちかい山(やま)の霞(かすみ)よ、どうかたたないでいてほしい。
074 源俊頼朝臣 (みなもとのとしよりあそん)
原文
うかりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは いのらぬものを
(うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを)
解説
つれなくなった人を、初瀬(はつせ)の山(やま)おろしよ、その風(かぜ)がはげしくふきつけるようにあの人がますますつれない態度(たいど)をとるようにとは、いのらなかったのだが。
075 藤原基俊 (ふじわらのもととし)
原文
ちぎりおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
(ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あは(わ)れことしの あきもいぬめり)
解説
お約束(やくそく)くださったお言葉(ことば)、させも草(ぐさ)の露(つゆ)のようにはかない言葉をたよりに、命(いのち)をながらえましたが、ああ今年(ことし)の秋(あき)も去(さ)っていくようです。
76~100
076 法性寺入道前関白太政大臣 (ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)
原文
わたの原 漕ぎいでて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波
(わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐ(い)にまがふ(ごう) おきつしらなみ)
解説
ひろびろとした海(うみ)に舟(ふね)をこぎだしてみると、雲(くも)と見わけのつかない沖(おき)の白波(しらなみ)であることだ。
077 崇徳院 (すとくいん)
原文
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
(せを(お)はやみ いは(わ)にせかるる たきがは(わ)の われてもすゑ(え)に あは(わ)む(ん)とぞおもふ(う))
解説
川(かわ)のあさいところはながれが速(はや)いので、岩(いわ)にせきとめられる急流(きゅうりゅう)がふたつにわかれても最後(さいご)にはひとつになるように、いつかは一緒(いっしょ)になろうと思(おも)うのだ。
078 源兼昌 (みなもとのかねまさ)
原文
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守
(あは(わ)ぢ(じ)しま かよふ(う)ちどりの なくこゑ(え)に いくよねざめぬ すまのせきもり)
解説
淡路島(あわじしま)からわたってくる千鳥(ちどり)の鳴(な)く声(こえ)に、幾晩(いくばん)目(め)をさましたことか、須磨(すま)の関所(せきしょ)の番人(ばんにん)よ。
079 左京大夫顕輔 (さきょうのだいぶあきすけ)
原文
秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の 影のさやけさ
(あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ)
解説
秋風(あきかぜ)にふかれてたなびく雲(くも)の切(き)れ間(ま)からもれ出(で)る月(つき)の光(ひかり)がはっきりとしている。
080 待賢門院堀河 (たいけんもんいんのほりかわ)
原文
ながからむ 心も知らず 黒髪の みだれて今朝は ものをこそ思へ
(ながからむ(ん) こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ(え))
解説
あなたのわたしにたいするお心(こころ)がながくつづくかもわからず、いっしょに寝(ね)て、わかれた今朝(けさ)のわたしの心(こころ)は、黒髪(くろかみ)のようにみだれて思(おも)いなやむことです。
081 後徳大寺左大臣 (ごとくだいじのさだいじん)
原文
ほととぎす 鳴きつるかたを ながむれば ただ有明の 月ぞのこれる
(ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる)
解説
ほととぎすが鳴(な)いた方角(ほうがく)に目(め)をむけると、ただ夜明(よあ)けの月(つき)だけが空(そら)にのこっていることだ。
082 道因法師 (どういんほうし)
原文
思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり
(おもひ(い)わび さてもいのちは あるものを うきにたへ(え)ぬは なみだなりけり)
解説
思(おも)いなげきながら、それにしても命(いのち)はあるのだが、つらさにこらえきれないのは涙(なみだ)だったのだ。
083 皇太后宮大夫俊成 (こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい)
原文
よのなかよ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
(よのなかよ みちこそなけれ おもひ(い)いる やまのおくにも しかぞなくなる)
解説
世(よ)の中(なか)に道(みち)はないのだ。おもいつめて入(はい)った山(やま)の奥(おく)にも鹿(しか)がものがなしく鳴(な)いている。
084 藤原清輔朝臣 (ふじわらのきよすけあそん)
原文
ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
(ながらへ(え)ば またこのごろや しのばれむ(ん) うしとみしよぞ いまはこひ(い)しき)
解説
いきながらえたら、やはり今(いま)このときが思いだされるのだろうか。つらいと思った世(よ)の中(なか)も、いまではなつかしく思われるのだから。
085 俊恵法師 (しゅんえほうし)
原文
夜もすがら もの思ふころは 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり
(よもすがら ものおもふ(う)ころは あけやらで ねやのひまさへ(え) つれなかりけり)
解説
一晩中(ひとばんじゅう)、むねのうちで思いにふけってねむれないころは、夜(よる)もあけきらずに、寝室(しんしつ)の戸(と)のすきままでもが無情(むじょう)に思われることだ。
086 西行法師 (さいぎょうほうし)
原文
なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな
(なげけとて つきやは(わ)ものを おもは(わ)する かこちがほ(お)なる わがなみだかな)
解説
「なげけ」といって、月はわたしに物思(ものおも)いをさせるのか、いや、そうではない。うらめしそうな顔(かお)つきで、ながれおちるわたしの涙(なみだ)であることだ。
087 寂蓮法師 (じゃくれんほうし)
原文
村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕暮れ
(むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふ(う)ぐれ)
解説
にわか雨(あめ)の露(つゆ)も、まだかわかない真木(まき)の葉(は)のあたりに、霧(きり)がたちのぼる秋(あき)の夕暮(ゆうぐ)れだ。
088 皇嘉門院別当 (こうかもんいんのべっとう)
原文
難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
(なには(わ)えの あしのかりねの ひとよゆゑ(え) みをつくしてや こひ(い)わたるべき)
解説
難波(なにわ)にはえている葦(あし)の、刈(か)り根(ね)の一節(ひとよ)のようにみじかい一夜(いちや)をともにすごしたせいで、澪標(みおつくし)ではないけれど、身をほろぼすような恋(こい)をしつづけることになったのだろうか。
089 式子内親王 (しょくしないしんのう)
原文
玉の緒よ 絶えなば絶えね 長らへば しのぶることの 弱りもぞする
(たまのを(お)よ たえなばたえね ながらへ(え)ば しのぶることの よわりもぞする)
解説
わたしの命(いのち)よ、絶(た)えてしまうならば絶(た)えてしまえ。生(い)きながらえていたら、むねのうちに秘(ひ)める力(ちから)がよわまって、秘(ひ)めていられなくなってしまうとこまるから。
090 殷富門院大輔 (いんぷもんいんのたいふ)
原文
見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色は変はらず
(みせばやな を(お)じまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかは(わ)らず)
解説
あなたにお見せしたいものだ。雄島(おじま)の海人(あま)の袖(そで)さえ、いくらぬれても色(いろ)はかわらない。それなのに、血(ち)の涙(なみだ)にぬれて色が変わってしまったわたしの袖(そで)を。
091 後京極摂政前太政大臣 (ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)
原文
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに ころもかたしき ひとりかも寝む
(きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ(ん))
解説
こおろぎが鳴(な)く霜(しも)のおりるさむい夜(よる)の、むしろのうえに自分(じぶん)の片袖(かたそで)だけしいて、わたしはただひとりねるのだろうか。
092 二条院讃岐 (にじょういんのさぬき)
原文
わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし
(わがそでは しほ(お)ひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし)
解説
わたしの袖(そで)は、干潮(かんちょう)のときでも見えない沖(おき)の石(いし)のように、人は知らないが、涙(なみだ)にぬれてかわくひまもない。
093 鎌倉右大臣 (かまくらのうだいじん)
原文
世の中は つねにもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも
(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのを(お)ぶねの つなでかなしも)
解説
世(よ)の中(なか)はかわらないものであってほしい。なぎさをこぐ漁師(りょうし)が小舟(こぶね)を綱(つな)でひいていく様子(ようす)がかなしく感じられる。
094 参議雅経 (さんぎまさつね)
原文
み吉野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさとさむく 衣うつなり
(みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり)
解説
吉野山(よしのやま)の秋風(あきかぜ)が夜(よ)ふけにふき、古都(こと)、吉野(よしの)には寒々(さむざむ)と砧(きぬた)をうつ音(おと)がきこえる。
095 前大僧正慈円 (さきのだいそうじょうじえん)
原文
おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に すみぞめのそで
(おほ(お)けなく うきよのたみに おほ(お)ふ(う)かな わがたつそまに すみぞめのそで)
解説
身(み)のほどしらずであるが、つらい世(よ)の中(なか)の人々(ひとびと)をおおうのだ。比叡山(ひえいざん)にすみはじめてから着(き)ている僧衣(そうい)の袖(そで)を。
096 入道前太政大臣 (にゅうどうさきのだいじょうだいじん)
原文
花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
(はなさそふ(う) あらしのには(わ)の ゆきならで ふりゆくものは わがみなりけり)
解説
花(はな)をさそってちらせる強風(きょうふう)がふく庭(にわ)に、つもっている雪(ゆき)のような花びらではなく、老(お)いていくのはわたしの身であることだ。
097 権中納言定家 (ごんちゅうなごんていか)
原文
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
(こぬひとを まつほのうらの ゆふ(う)なぎに やくやもしほ(お)の みもこがれつつ)
解説
いつまでたってもこない恋人(こいびと)を待(ま)っております。松帆(まつほ)の浦(うら)の風(かぜ)がとまった、夕方(ゆうがた)に焼(や)く藻塩(もしお)のように、わたしの身も恋(こ)いこがれながら。
098 従二位家隆 (じゅにいいえたか)
原文
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける
(かぜそよぐ ならのを(お)がは(わ)の ゆふ(う)ぐれは みそぎぞなつの しるしなりける)
解説
風(かぜ)がふいてそよそよと楢(なら)の葉(は)が鳴(な)る、ならの小川(おがわ)(上賀茂神社(かみがもじんじゃ)の小川)の夕暮(ゆうぐ)れはすずしいけれど、みそぎがおこなわれているのが夏(なつ)の証拠(しょうこ)であることだ。
099 後鳥羽院 (ごとばいん)
原文
人も惜し 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は
(ひともを(お)し ひともうらめし あぢ(じ)きなく よをおもふ(う)ゆゑ(え)に ものおもふ(う)みは)
解説
どうにもならないと世(よ)の中(なか)を思うために、あれこれと物思(ものおも)いにふけるわたしにとっては、人がいとしくも、うらめしくも思われる。
100 順徳院 (じゅんとくいん)
原文
百敷や ふるき軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
(ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほ(お)あまりある むかしなりけり)
解説
宮中(きゅうちゅう)のふるい軒端(のきば)にはえている忍(しの)ぶ草(ぐさ)ではないけれど、やはりしのびつくせないほど、したわしく思われるむかしであることだ。
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