あはれとも言ふべき人はおもほえで身の徒らになりぬべきかな
小倉百人一首から、謙徳公の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
謙徳公
あはれとも 言ふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※情を通わせていた女性が、その後、冷淡になって、まったく逢(あ)わなくなってしまったので、よんだ歌。
たとえ恋こがれて死んだとしても、私を「ああ、かわいそうだ」と言ってくれそうな人は思い浮かばず、きっと私はむなしく死んでしまうのだろうな。
※完了の助動詞「ぬ」は、推量の助動詞の前について、強意(きっと~)の意味を表す場合が多いです。
▽つれない相手に憐憫の情を求め、切実に訴えかけたもの。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』小町谷照彦、岩波書店、1990年、272ページ)
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前に置かれます。
もの言ひ侍(はべり)ける女の後(のち)につれなく侍(はべり)て、さらに逢(あ)はず侍(はべり)ければ(※情を通わせていた女性が、その後、冷淡になって、まったくあわなくなってしまったので、よんだ歌。)
※詞書の引用は『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』(272ページ)によります。
あはれ
①讃嘆・喜びの気持を表わす声。「あな―、布当(ふたぎ)の原、いと貴(たふと)、大宮処」〈万一〇五〇〉。「―、あな面白」〈古語拾遺〉
③愛情・愛惜の気持を表わす声。「門(かど)ささず―吾妹子(わぎもこ)待ちつつあらむ」〈万二五九四〉。「〔死人ヲ見テ〕旅に臥(こや)せるこの旅人―」〈万四一五〉。「〔家ガ〕みな荒れにたれば―とぞ人人言ふ」〈土佐二月十六日〉
あはれとも言ふべき人
自分に対して、同情共感してくれそうな人。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』272ページ)
べし
〔意味〕
「べし」の意味の根本は、物事の動作・状態を「必然・当然の理として納得する外はない状態である」と判断を下す点にある。個人の好き嫌い・希望などを超えた必然的な状態と判断することであるから、道理から当然であること、あるいは、「…すべきである」と義務を表わす場合もあり(1)、運命であることを示すこともある(2)。(中略)第三人称の動作についた推量の場合にも、「まさに…しそうである」「必ずそうなる、…に相違ない」という極めて強い確信を表わすので、確認を表わす「つ」「ぬ」と共に使われることが多い(5)。(中略)
(1)「食す国天の下の政は平けく安く仕へ奉るべしとなも思ほしめす」〈続紀宣命二四〉「大夫は名をし立つべし後の代に聞き継ぐ人も語り継ぐがね」〈万四一六五〉「艶に物恥ぢして恨み言ふべき事をも見知らぬさまに忍びて」〈源氏・帚木〉
(2)「世の中は数なきものか春花の散りのまがひに死ぬべき思へば」〈万三九六三〉「あから引く色妙の子をしば見れば人妻故に吾恋ひぬべし」〈万一九九九〉
(5)「わが宿に盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも」〈万八五一〉「秋づけば尾花が上に置く露の〔ヨウニ〕消ぬべくも吾は思ほゆるかも」〈万一五六四〉「家に行きていかにか吾がせむ枕付く妻屋さぶしく思ほゆべしも」〈万七九五〉
思ほえで
(※ヤ行下二「思ほゆ」未然形 + 打消の接続助詞「で」:「思われずに」の意。)
●おもほ・え【思ほえ】
〘下二〙
自然に、思われる。ひとりでに、思われてくる。「〔死ンダ子供ガ〕間(あひだ)もなくも―・ゆるかも」〈紀歌謡一一八〉。「苦しければ、何ごとも―・えず(感興ガワカナイ)」〈土佐一月十八日〉
●で
(※~ないで)
み【身】
一〘名〙
①人や動物の肉体。身体。「吾が―こそ関山越えてここにあらめ心は妹に寄りにしものを」〈万三七五七〉
②わが身。自分。「これは―の為も人の御為も、よろこびには侍らずや」〈枕八二〉
いたづらになる
●いたづら【徒ら】
《当然の期待に反して、無為・無用で、何の役にも立たないことが原義》
①なにもすることがない状態。ひま。「時の盛りを―に過ぐしやりつれ(スゴシタノデ)」〈万三九六九〉。「船も出さで―なれば〔歌ヲヨム〕」〈土佐一月十八日〉。「又―に、いとまありげなる博士ども召し集めて〔文作リナドスル〕」〈源氏賢木〉
●―にな・る
むなしく終る。死ぬことなどにいう。「―・る人多かる水(宇治川)に侍り」〈源氏浮舟〉
べし
(※上記「べし」の(2)の意味。)
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