忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな
小倉百人一首から、右近の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
右近
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
あなたに忘れられるわが身のことは何とも思わない。心変わりしないと誓ったあなたの命が、誓いをやぶった罰でうしなわれることがもったいなくも思われることだ。
※二句切れ。終止形のところで和歌の切れ目になることが多いです。
※「誓ひてし」の「て」は完了の助動詞、「し」は過去の助動詞です。完了の助動詞と過去の助動詞を組みあわせて使う場合、「完了 → 過去」の順番になります。(例:「移りにけり」・「雲隠れにし」など)
▽大和物語(やまとものがたり)八十三、四段の一連する恋物語に見られる。相手に心から同情する誠心純愛なのか、相手に皮肉を言って揶揄(やゆ)する社交儀礼なのか、解釈が分かれるが、拾遺集(しゅういしゅう)としては、前者が妥当か。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』小町谷照彦、岩波書店、1990年、251ページ)
語釈(言葉の意味)
※特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)による。
み【身】
一〘名〙
①人や動物の肉体。身体。「吾が―こそ関山越えてここにあらめ心は妹に寄りにしものを」〈万三七五七〉
②わが身。自分。「これは―の為も人の御為も、よろこびには侍らずや」〈枕八二〉
てし
(※完了の助動詞「つ」連用形+過去の助動詞「き」連体形。完了の助動詞と過去の助動詞が一緒に使われる場合は、完了・過去の順番。)
ひと【人】
➊物や動物に対する、人間。「わくらばに―とはあるを、人並みに吾も作るを」〈万八九二〉。「―ならば母が最愛子(まなご)そあさもよし紀の川の辺の妹と背の山」〈万一二〇九〉
➌《深い関心・愛情の対象としての人間》①意中の人物。夫。恋人。「わが思ふ―の言(こと)も告げ来ぬ」〈万五八三〉。「人柄は、宮の御―にて、いとよかるべし」〈源氏藤袴〉
○人
「君」というところを婉曲(えんきょく)(※遠回し)に言ったもの。大和物語(やまとものがたり)に「(蔵人)頭」とあるのによれば、藤原師輔(もろすけ)か、藤原敦忠(あつただ)。(『新日本古典文学大系 拾遺和歌集』251ページ)
くらうどのとう【蔵人頭】(くろうどのとう)
蔵人所(くろうどどころ)の長官。別当(べっとう)の下の役。二人が原則で、一人は弁官の中から補せられ、一人は近衛府(このえふ)から選ばれ、それぞれ「頭の弁」「頭の中将」という。「覚え高くやんごとなき殿上人、―、五位の蔵人、近衛の中少将、弁官など」〈源氏行幸〉
くらうどどころ【蔵人所】(くろうどどころ)
蔵人が執務した役所。嵯峨天皇の弘仁元年(※810年)に初めて設置され、別当・頭(とう)以下の職員があった。大内裏校書殿の西廂(にしびさし)にあり、後には院や摂関家にも置かれた。「―・納殿(をさめどの)の唐物ども、多く奉らせ給へり」〈源氏若菜上〉
を・し【惜し・愛し】
〘形シク〙《すでに手中にしているものが大事で、手放せない感情をいう語。類義語アタラシは、その物のよさ美しさが生かされないのを、もったいないと思う意》
①(失ったり、そこなわれたりすることが)もったいない。「玉匣(たまくしげ)明けまく―・しきあたら夜を袖(ころもで)離(か)れて独りかも寝む」〈万一六九三〉。「お前の藤の花、いと面白う咲き乱れて、世の常の色ならず、ただ見過ぐさむ事―・しきさかりなるに」〈源氏藤裏葉〉
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