世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
小倉百人一首から、皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について整理しました。
また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。
ふだん我々が使っている字の形になおした(翻刻と言う)ものと、ひらがなのもとになった漢字(字母)も紹介しておりますので、ぜひ見比べてみてください。
目次
原文
画像転載元国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541162
翻刻(ほんこく)(普段使っている字の形になおす)
釈文(しゃくもん)(わかりやすい表記)
皇太后宮大夫俊成
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
字母(じぼ)(ひらがなのもとになった漢字)
現代語訳(歌意)・文法解説
※述懐百首歌(じゅっかいひゃくしゅうた)をよみました時、「鹿の歌」といってよんだ歌。
世の中よ、ここにはつらいことから逃れられるような道などないのだ。思いつめて入った山の奥にも、鹿が物悲しく鳴いているのが聞こえる。
※二句切れ。係り結びが切れ目となる場合が多いです。
※係り結びは、「ぞ・なむ・や・か=連体、こそ=已然形」とまとめて覚えます。
※「鳴くなる」の「なる」は、推量の助動詞「なり」の連体形で、耳で聞いた推量を表します(例:「衣うつなり」)。同じく終止形接続の助動詞に「めり」がありますが、これは目で見た推量を表します(例:「秋もいぬめり」)。助動詞の解説は「古文の助動詞の意味と覚え方」にまとめましたのでご確認ください。
語釈(言葉の意味)
詞書(ことばがき)
※詞書とは、和歌がよまれた事情を説明する短い文のことで、和歌の前につけられます。
述懐百首歌よみ侍(はべり)ける時、鹿の歌とてよめる(※述懐百首歌(じゅっかいひゃくしゅうた)をよみました時、「鹿の歌」といってよんだ歌。)
※詞書の引用は『新日本古典文学大系 千載和歌集』(片野達郎・松野陽一、1993年、岩波書店、344ページ)によります。
世の中よ
現世の住み憂さを歎息(たんそく)する表現。「世中(よのなか)」には俗世(ぞくせ)も山奥も含む。「よ」は詠歎(えいたん)。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』344ページ)
道
遁(のが)れ出る道。手段の意を含める説もある。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』344ページ)
思ひ入る
一つのこと深く思いこむ意。「入る」には、山に入る意も重ねる。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』344ページ)
しか【鹿】
「秋鹿」「小牡鹿(さをしか)」「牡鹿(をじか)」などともよまれた。有名な「夕されば小倉の山に鳴く鹿は今宵は鳴かずいねにけらしも」(万葉集・巻八)のように夕暮れから夜になって鳴くものとされていたが、「よなばりの猪養(ゐかひ)の山に伏す鹿の妻呼ぶ声を聞くがともしさ」(万葉集・巻八)のように妻を求めて鳴くものであった。(後略)
『歌枕 歌ことば辞典』片桐洋一、笠間書院、1999年
なる
推量の助動詞で聴覚の確認。(『新日本古典文学大系 千載和歌集』344ページ)
百人一首の現代語訳と文法解説はこちらで確認
こちらは小倉百人一首の現代語訳一覧です。それぞれの歌の解説ページに移動することもできます。