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『沙石集』歌ゆゑに命を失ふ事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)現代語訳と品詞分解

『沙石集』歌ゆゑに命を失ふ事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)現代語訳と品詞分解

投稿日:2018年8月19日 更新日:

沙石集しゃせきしゅう』から「天徳てんとく歌合うたあわせ」(兼盛と忠見)の内容を、原文を品詞分解して助動詞や敬語などの文法解説をつけながら現代語訳します。「歌ゆえに命を失う事」に見られる二人の和歌は小倉百人一首にも収められておりますので、興味のある方は百人一首の現代語訳一覧もご覧ください。

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目次

「歌ゆゑに命を失ふ事」あらすじ解説

天徳4年(960年)3月30日の歌合せで、平兼盛たいらのかねもり壬生忠見みぶのただみが「初めの恋」という題で歌をよみ、その出来栄えを競ったが、どちらも素晴らしかったので審判係は勝敗をつけられなかった。そこで、審判係はそばにいた天皇の意向をうかがうと、兼盛の歌を気に入った様子だったので、兼盛の歌を勝ちとした。負けた忠見は落胆のあまり食欲を失って病床に伏し、ついに死んでしまった。

 

「歌ゆゑに命を失ふ事」原文・品詞分解・文法解説・現代語訳

※略号として、(古)は『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)を、(全)は『新編日本古典文学全集 沙石集』(小島孝之、小学館、2001年)を表します。

 

歌故に命を失ふ事

うたゆゑいのち失ふうしなうこと

訳)歌のために命を失うこと

 

天徳の歌合の時……

一、天徳てんとく歌合うたあはせの時、兼盛かねもり忠見ただみとも御随人みずいじんにて、左右さうつが てけり。

訳)一、天徳四年の歌合せうたあわ の時、兼盛と忠見がふたりとも御随人みずいじんとして左右に一対となった。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解1

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解1

天徳の歌合天徳四年(960)三月三十日の村上天皇の内裏で行われた歌合。以後の晴儀歌合の規範となった。(全)289ページ
歌合せ平安・鎌倉時代の文学的遊戯の一。和歌を作る人人を左右に分け、その詠んだ歌を左右一首ずつ組み合わせて、判者が審判して勝負をきめる。平安初期以来宮廷・貴族のあいだに流行し、女手の発達、宮廷和歌の発展に大きい役割を果した。(古)
兼盛平兼盛。筑前守平篤行の子。従五位上駿河守に至る。正暦元年(990)没。家集に『兼盛集』がある。『後撰集』以下に入集。享年未詳。(全)289ページ
忠見壬生忠見。平安中期の歌人。忠岑の子。卑官であったが歌才の評価は高かった。『後撰集』以下に入集。生没年未詳。(全)289ページ
御随人貴人の警護などに当る近衛府の官人。(全)289ページ

→ずいじん【随身】 ①貴人の外出の際、勅宣をこうむり、剣を帯び、弓矢を持って随従した、内舎人や衛府の舎人。随従の人数は、上皇十四人、摂政・関白十人、大臣・大将八人、納言六人、中将・衛門・兵衛の督四人、少将・佐二人。(古)

※「番ひてけり」の「て」は完了の助動詞、「けり」は過去の助動詞です。完了の助動詞と過去の助動詞を組み合わせて使う場合、基本的に「完了 → 過去」の順番になります。訳すときは「~てしまった」とすることが多いのですが、今回は単純に「一組になった・一対になった」と訳します。(助動詞の解説は「古文の助動詞の意味と覚え方」をご覧ください。)

 

初恋といふ題を給はりて……

初恋はじめのこひといだい給はたまわりて、忠見ただみ、「名歌めいかよみでたり」と思ひおもいて、「兼盛かねもりもいかでこれほどうたよむべき」と思ひおもいける。

訳)「初めの恋」という題を天皇からいただいて、忠見は「素晴らしい歌ができた」と思って、「兼盛もどうしてこれほどの歌をつくれるだろうか、いや、つくれないだろう」と思った、そのような歌。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解2

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解2

給はる「受く」の謙譲語。いただく。
よみいづ詠みいだす。工夫して歌をつくり出す。歌をつくって人に示す。(古)
いかで反語。どうして~だろうか、いや~でない。

謙譲語けんじょうごは、その敬語を使った人から動詞の目的語に敬意をはらいます。(参考:古文の敬語の覚え方

反語はんごは否定表現の一種です。「~だろうか」という推量に、「いや、そんなことはない」という否定が続きます。

※和歌の直前の文が終止形ではなく連体形で終わる例が見られますが、これは「歌」が省略されている表現です。詞書ことばがきによく見られます。(例:桜の花の散るを、よめる ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ)

 

恋すてふ……

こひてふちょうはまだきちにけり人知ひとしれずこそ思ひおもいそめしか

訳)「恋をしている」という私の評判は早くも立ってしまった。人知れず心ひそかに恋をしはじめたばかりだったのに。

恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか

恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか

※参考:百人一首の解説(41)

 

さて、既に御前にて講じて……

さて、すで御前おんまへにてかうじて、はんぜられけるに、兼盛かねもりうたに、

訳)そして、すでに帝の御前で和歌がよみあげられ、判定が下されようとしていたが、兼盛の歌に、

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解2

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解3

さてそして。
御前みかどの御前で詠み上げられて。帝は村上むらかみ天皇。(全)289ページ
講ず詩歌しいかを読み上げる。披講ひこうする。

かうこうじ【講師】 ③詩歌の会の時に詩歌をよみあげて披露する人。(古)

→ひかうこう【披講】 詩歌の会で、作品を読み上げること。はじめふしをつけず、次にふしをつけて歌う。(古)

判ず判定する。

→はんざ【判者】 物合せ・歌合せなどの折にその優劣を判定する人。(古)

 

つつめども……

つつめどもいろでにけりこひはものや思ふおもうひと問ふとうまで

訳)かくしていたけれど、外にあらわれてしまった、わたしの恋は。「物思いをしているのか」と人がたずねるほどに。

つつめども色に出でにけりわが恋はものやおもふとひとのとふまで

つつめども色に出でにけりわが恋はものやおもふとひとのとふまで

参考:百人一首の解説(40)

つつめども拾遺集しゅういしゅう』『袋草紙ふくろぞうし』ともに初句「しのぶれど」(全)289ページ

 

共に名歌なりければ……

とも名歌めいかなりければ、判者はんじゃはんじかねて、しばら天気てんきをうかがけるに、御門みかど忠見ただみうたをば、両三辺りやうさんべん 御詠ぎょえいありけり。

訳)ともにすぐれた歌であったので、判者は判定を下しかねて、しばらく帝のご意向をうかがっていたが、帝は忠見の歌を二、三度よみあげられた。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解4

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解4

判者左右の歌の優劣を判定する人。この時の判者は左大臣藤原実頼。(全)289ページ
天気天皇の御意向。(全)289ページ

天皇の御気色・御機嫌。天機。(古)

両三辺二、三度。
御詠貴人が詩歌を詠み上げること。

 

兼盛が歌をば多辺御詠ありける時……

兼盛かねもりうたをば多辺たへん 御詠ぎょえいありけるとき、「天気てんき ひだりにあり」とて、兼盛かねもり ちにけり。

訳)帝が兼盛の歌を何度もよみあげられた時、判者は「帝のご意向は左(兼盛)にある」と思って、兼盛が勝ちとなった。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解5

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解5

多辺何度も。何遍も。

 

忠見心憂く覚えて……

忠見ただみ心憂こころうおぼえて、むねふさがりて、それより不食ふしょくやまひ きて、たのよし こえて、兼盛かねもり 訪ひとぶらいければ、

訳)忠見はつらく思って、胸がつまるような気持ちがして、それから食欲不振の病気になり、病気が治る見込みがないことが世間に知られて、兼盛が見舞いにやってくると、

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解6

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解6

ふさがる→ふたがる。
つかえて、詰まる。(古)
不食の病食欲不振の病気。(全)289ページ
とぶらふ訪れる。

 

別の病にあらず……

べちやまひにあらず。御歌合おんうたあはせとき名歌めいかよみだしておぼはべりしに、殿とのの、『ものや思ふおもうひと問ふとうまで』に、『あや』と思ひおもいて、浅猿あさましおぼえしより、むね ふさがりて、かくおもはべり」とて、つひまかりにけり。

訳)忠見は「病気というのは他でもありません。御歌合せの時、名歌を詠み出せたと思いましたのに、あなたの『物思いをしているのかと人がたずねるほどに』という歌を聞いて、『ああ』と驚いてから、胸がつまるようになって、このように重態になったのです」と言って、ついに亡くなってしまった。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解7

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解7

あはや驚きを表す間投詞。「ああ、負けた」と思ったこと。(全)290ページ
身まかる死ぬ。

 

執心こそよしなけれども……

執心しふしんこそよしなけれども、みちしふする習ひならい、げにもおぼえて、あはれなり。

訳)事物に執着する心はつまらないことだけれども、その道に執着する習いはもっともなことだと思われて、しみじみと趣き深い。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解8

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解8

執心事物に執着して離れない心。(古)
➋②仏道・学問・芸術などの正しい修業の道程。過程。(古)

 

共に名歌にて……

とも名歌めいかにて、『拾遺しふゐ』にれられてはべるにや。

訳)ともにすぐれた歌として、『拾遺和歌集』に入れられているのでしょうか。

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解9

『沙石集』歌ゆえに命を失う事 “兼盛と忠見”(天徳の歌合)品詞分解9

拾遺『拾遺和歌集』。『古今和歌集』『後撰和歌集』に次ぐ勅撰和歌集。

 

「歌ゆゑに命を失ふ事」現代語訳まとめ

一、天徳四年の歌合せの時、兼盛と忠見がふたりとも御随人として左右に一対となった。

「初めの恋」という題を天皇からいただいて、忠見は「素晴らしい歌ができた」と思って、「兼盛もどうしてこれほどの歌をつくれるだろうか、いや、つくれないだろう」と思った、そのような歌。

「恋をしている」という私の評判は早くも立ってしまった。人知れず心ひそかに恋をしはじめたばかりだったのに。

そして、すでに帝の御前で和歌がよみあげられ、判定が下されようとしていたが、兼盛の歌に、

かくしていたけれど、外にあらわれてしまった、わたしの恋は。「物思いをしているのか」と人がたずねるほどに。

ともにすぐれた歌であったので、判者は判定を下しかねて、しばらく帝のご意向をうかがっていたが、帝は忠見の歌を二、三度よみあげられた。

帝が兼盛の歌を何度もよみあげられた時、判者は「帝のご意向は左(兼盛)にある」と思って、兼盛が勝ちとなった。

忠見はつらく思って、胸がつまるような気持ちがして、それから食欲不振の病気になり、病気が治る見込みがないことが世間に知られて、兼盛が見舞いにやってくると、忠見は「病気というのは他でもありません。御歌合せの時、名歌を詠み出せたと思いましたのに、あなたの『物思いをしているのかと人がたずねるほどに』という歌を聞いて、『ああ』と驚いてから、胸がつまるようになって、このように重態になったのです」と言って、ついに亡くなってしまった。

事物に執着する心はつまらないことだけれども、その道に執着する習いはもっともなことだと思われて、しみじみと趣き深い。

ともにすぐれた歌として、『拾遺和歌集』に入れられているのでしょうか。

 

兼盛と忠見は三十六歌仙

人麿・貫之・躬恒・伊勢・家持・赤人・業平・遍昭・素性・友則・猿丸大夫・小町・兼輔・朝忠・敦忠・高光・公忠・忠岑・斎宮女御・頼基・敏行・重之・宗于・信明・清正・順・興風・元輔・是則・元真・小大君・仲文・能宣・忠見・兼盛・中務

人麿・貫之・躬恒・伊勢・家持・赤人・業平・遍昭・素性・友則・猿丸大夫・小町・兼輔・朝忠・敦忠・高光・公忠・忠岑・斎宮女御・頼基・敏行・重之・宗于・信明・清正・順・興風・元輔・是則・元真・小大君・仲文・能宣・忠見・兼盛・中務

兼盛も忠見も三十六歌仙さんじゅうろっかせんに選ばれています。

三十六歌仙とは、平安時代の半ばに藤原公任きんとう(966~1041年)がつくった『三十六人集』(『三十六人せん』とも言う)にもとづく36人のすぐれた歌人のことです。

参考:百人一首の中の三十六歌仙

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執筆者:

古文・古典文法の解説

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