林古渓作詞、成田為三作曲の唱歌「浜辺の歌」の歌詞の意味を解説します。歌に使われている言葉が難しいかもしれませんが、わかりやすいように現代語訳・品詞分解とともに曲の内容をご紹介いたしますので、ぜひご確認ください。
目次
「浜辺の歌」(作詩:林古渓、作曲:成田為三)の歌詞
一、
あした浜辺をさまよへは
昔のことぞ しのばるる。
風の音よ(※1)、雲のさまよ、
よする波も、かひの色も。
二、
ゆふべ浜辺をもとほれば
昔の人ぞ 忍ばるる。
寄する波よ、かへす波よ
月の色も、星のかげも。
三、
はやちたちまち波を吹き、
赤裳のすそぞ ぬれもせじ(※2)
やみし我は すべて いえて
浜辺の真砂 まなご いまは。
※1「風の音よ」……林古渓の原詩では「風よ音よ」
※2「ぬれもせじ」……林古渓の原詩では「ぬれもひぢし」
「浜辺の歌」の現代語訳
一、
早朝に、浜辺をぶらぶらと歩いていると、
昔のことが、しぜんに思い出されることだ。
風の音よ、雲のありさまよ、
うちよせる波も、貝の色も。
二、
夕方に、浜辺をぐるぐると歩いていると、
昔、愛したあの人のことが、しぜんに思い出されることだ。
うちよせる波よ、かえす波よ、
月の色も、星の光も。
三、
突風が急に波を吹きちらし、
着ている赤い衣服のすそは、濡れもしないことだろう(※原詩:「びっしょりと濡れてしまったことだ」)。
病気になったわたしは、今、すっかり治って、
この浜辺の、波に揺られる細かい砂のように、ここにさまよい続けるのだろう。
「浜辺の歌」の歌詞の意味
※引用は、特記のないかぎり『岩波 古語辞典 補訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎 編集、岩波書店、1990年)によります。ただし、用例は割愛しました。
●あした……朝。
●さまよふ(う)……①うろうろする。②ぶらぶら歩きする。
●しのぶ……②遠い人、故人などを思慕する。
●ゆふ(う)べ……夕方。
●もとほ(お)る……(ぐるぐると一つの中心を)まわる。
●ひと……❸①意中の人物。夫。恋人。
●かげ……光。
●はやち……突風。はやて。
●たちまち……すぐさま。急。にわか。
●裳(も)……①上代に、女性が、腰から下をおおうようにまとった衣服。ひだのあるものが多い。(※参考画像:高松塚古墳の女子群像→国営 飛鳥歴史公園)
●ひづ……びっしょりぬれる。
●やむ……病気にかかる。
●まなご……こまかい砂。
「まなご。まさご」は、細かい砂のことで、永遠に絶えないもののたとえとしても用いられます。ここは、「自分は、これから先ずっと、昔の恋、昔の恋人を思いつつ、この浜辺の、寄せては返す波にさまよう砂のように、ここにさまよい続けるだろう」とうたっているのです。
『日本名歌曲百選 詩の分析と解釈』(畑中良輔監修・黒沢弘光解説、1998年、音楽之友社、54ページ)
「浜辺の歌」の文法解説・品詞分解
あした浜辺をさまよへば昔のことぞしのばるる。
●さまよへば
「ば」は順接確定条件を表す接続助詞です。意味は①原因(~なので)、③偶時条件(~すると)、③恒時条件(~するといつも)の3つで、文脈から判断します。ここでは②の意味です。
例)ほととぎす鳴きつるかたを眺むればただ有明の月ぞ残れる(百人一首・後徳大寺左大臣)
>>参考:古典文法の勉強法(基礎編)わかりやすい覚え方で用言の活用形から学ぶ
●昔のことぞしのばるる
「ぞ」は強意(きょうい)(言葉の意味を強める働きをする)の係助詞(けいじょし)です。係助詞には係り結び(かかりむすび)をともなうものがあります。係り結びは後ろにつづく言葉のかたちを変える働きを言います。
>>参考:古文(古典)の助動詞の意味と覚え方 – 活用表の一覧でまず接続を暗記
ぬれもせじ / ぬれもひぢし
「ぬれもせじ」と、原詩の「ぬれもひぢし」では、意味が正反対になります。
●ぬれもせじ……濡れもしないことだろう
●ぬれもひぢし……びっしょりと濡れてしまったことだ
やみし我は
●やみし
「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。
「浜辺の歌」の三番・四番についての補足
「浜辺の歌」の一番・二番にあたる部分は、音楽の教科書にも採用され、広く知られています。しかし、本来は四番まであったものが、さまざまな事情から短くなったと考えられています。現在、存在が確認されるのは三番にあたる部分までであり、四番にあたる部分は未詳となっています。
『日本名歌曲百選 詩の分析と解釈』(前出、52ページ)によれば、三番にあたる箇所は、「昭和二十二年、文部省による音楽教科書改訂の際に省略され、今に至っているのですが(中略)、もともと、この詩を作った林古渓が、この第三連(※三番のこと)の歌われるのを好まなかったという経緯がある」とし、その理由を「元来、第三連、第四連まであった原詩を、楽譜出版の際に、合わせて一つの連にしてしまった、ということらしい」(53ページ)としています。
●参考・本文引用……『日本名歌曲百選 詩の分析と解釈』(畑中良輔監修・黒沢弘光解説、1998年、音楽之友社、54ページ)