国立劇場の歌舞伎鑑賞教室「連獅子」を見てきた感想です。1階席は高校生と思われる学生でいっぱいでしたが、2階席後方、3階席は空席が目立っていました。
お食事処閉店
私が観劇したその日、もっとも衝撃的だったのは、3階のお食事処が閉店していたことです。
ここであんかけ焼きそばを食べるのを楽しみにしていたのに、もう食べられないのかと思うと残念でたまりません。コーヒーを無料でいくらでも飲める最高のお食事処だったのに……。観劇の楽しみが一つなくなってしまいました。無念。
解説は坂東巳之助
解説は坂東巳之助でした。解説の模様をまとめてみます。役者名は敬称略で書きます。
舞台が暗転して、ライトアップすると、そこには巳之助の姿。背景が取り払ってあるので舞台の奥まで見えます。「舞台の奥行きは20mあります」とのこと。
つづいて花道の紹介。「ここは水の流れを表わしたり、屋敷の廊下になったりします」。
ここで背景の老松が設置されて「松羽目物」の解説。「能楽の演目を歌舞伎に翻案したので、能楽にならって背景に松が描かれています」。
次は黒御簾の解説。風を表わす音楽と、山や谷を表わす音楽が実演されました。
学生が舞台にあがる
巳之助に呼ばれて学生二人(男女各1名)が舞台に上がりました。
舞踊を上演するときに使われる「所作舞台」はヒノキを材料にして作られており、足拍子を打った時に音がよく響くようになっています。また、表面はつるつるしていて、すり足で動きやすいように工夫されています。
つづいてツケ打ちの解説。実際に舞台上を走ったり、見得を切ったりしました。
小道具と後見の説明
さしがねを使って鳥が登場。「黒いものは見えない」というのが歌舞伎のルール。
黒いものつながりで黒衣(くろご)の解説。ただしくは「黒衣後見(くろごごうけん)」と言い、裃を着ている後見を「裃後見(かみしもごうけん)」と言います。
つぎに扇子を使って「波」や「滝」の表現を実演しました。ちなみに舞踊の扇子は開くのが大変なようで、学生は苦戦していました。
ここで解説に協力してくれた二人の学生にプレゼントが渡されて、二人は花道から退場していきました。
補足説明
黒衣は場面の背景によって色が変わる場合があり、特に、雪の場面では白い衣装を身につけるので、「雪衣(ゆきご)」と言います。
作品の解説
最後に、パネルを用いて「連獅子」のあらすじが解説されました。
前半は二人の狂言師(※役者のこと)が登場して清涼山の石橋(しゃっきょう)にまつわる舞踊を披露する。後半は獅子の精が登場して舞う。清涼山の石橋は人の作った橋ではなく自然にできたもので、文殊菩薩が住んでいるとされる。「百花の王」と名高い牡丹の花が咲き乱れる清涼山には、「百獣の王」と言われる獅子が住んでおり、獅子は、子を谷から突き落として登ってきた子だけを育てるという故事がある。
補足説明
二人の狂言師(又五郎と歌昇)が引っ込んだ後に、二人の僧侶(福之助と隼人)が登場して滑稽なやりとりをしますが、これは間狂言(あいきょうげん)と言って、能楽から取り入れられたものです。能楽は、基本的に前場(まえば)と後場(のちば/ごば)から成る二部構成です(複式能)。間狂言は前場と後場の間に上演され、物語の内容を説明する役割を担います。
歌舞伎にも取り入れられて、前半部分に出演した役者が、後半の衣装に着替える時間を稼ぐはたらきもします。
感想
解説は、セリが上がるところや回り舞台の実演がなかったので、比較的おとなしめの印象でした。巳之助の語り口は、きびきびしていて非常に好印象でした。
子獅子を演じた歌昇は、さすがに若いだけあって、ずいぶん盛んに毛をふっていました。毛ぶりの時間は鑑賞教室だからなのか、普段よりも長めでした。
又五郎は扇子を落としそうになったり、毛ぶりがひっかかりそうになったり、ヒヤヒヤする場面がちらほらありました。しかしながら、親子共演による息の合った「連獅子」を見ることができたので、たいへん満足です。
11時に開演して終わるのが13時頃だから、長い時間拘束されることもなく、あっという間に終わります。チケットも安価だから、気軽に歌舞伎を見るのに最適です。
歌舞伎初心者がはじめて見るとしたら、歌舞伎座の一幕見席も良いけれど、国立劇場の鑑賞教室も良い選択肢だと思います。
文法解説
蛇足だと思われますが、文法解説をしてみます。
獅子の精が登場する直前の大薩摩に、「それ清涼山の石橋は人の渡せる橋ならず」という文句が見られます。鑑賞教室では解説があったので、「清涼山の石橋は人が作ったものではなく自然にできたものだ」と、意味は簡単にわかるのですが、文法はどうでしょうか。
さみしいリ
「渡せる」の「る」は、存続・完了の助動詞「り」の連体形です。接続は、サ行変格活用動詞の未然形と、四段活用動詞の已然形なので、「さみしいリ(サ未四已)」と覚えます。
助動詞「り」を見分けるポイントは、直前が母音の「e(エ)」で終わっているかどうかです。「e(エ)」のうしろに「ら・り・る・れ」が続いていたら、存続・完了の助動詞「り」ではないか、と考えるようにしましょう。
訳すときには、まずは存続(~している)の意味で取ります。それで意味が合わないと感じたら完了(~した)の意味で訳します。
百人一首の「かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける」の「渡せる」と同じですね。
断定「なり」
「ならず」は、「情けは人の為ならず」の「ならず」と同じで、断定(~である)の意味です。
「情けは人の為ならず」の意味は、「親切は他人のためにするのではない。他人に親切にしておけば、めぐりめぐって自分に良いことが訪れるものだ。」ですね。
また、「なり」は「にあり」に分解することもできます。(断定「なり」連用形 + ラ変動詞)
「連獅子」には、「峨々(がが)たる巌(いわお)に渡せるは、人の工(たくみ)にあらずして……」という詞章もありますが、この「にあらず」は「ならず」と同じで、「~ではない」という意味です。
「にあり」は「におはす・にはべり・にさぶらふ」など、敬語表現を伴うときにも見られます。
※助動詞の接続と活用はこちらでご確認ください。
>> 古文・古典の助動詞をわかりやすく解説!活用表(一覧)・意味・接続・勉強法・覚え方をまとめて紹介。
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