更級日記

更級日記【梅の立ち枝/継母との別れ/物語/源氏の五十余巻/猫】品詞分解・現代語訳・内容を解説

更級日記【梅の立ち枝/継母との別れ/物語/源氏の五十余巻/猫】品詞分解・現代語訳・内容を解説

投稿日:

平安時代中期に菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)によって書かれた『更級日記』(さらしなにっき)の個人的な勉強ノートです。

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原文には、各章段に見出しは付けられていませんが、活字化された際に一般の読者に分かりやすいように「家居の記」「梅の立枝」「継母との別れ」「物語」「源氏の五十余巻」「猫」などと見出しが付けられています。

今回は『更級日記』の中盤を翻刻し、歴史的仮名遣いで表記したうえ、品詞分解・現代語訳・語釈を付しました。「その春」「かくのみ」から始まる部分の解説もありますので、学習の参考にしていただければ幸いです。

●使用テキスト
御物更級日記 藤原定家筆』(笠間影印叢刊刊行会・2015年)

 

三条の宮

p.40途中 ひろびろと荒れたる所の

更級日記の品詞分解:p.40_2 ひろびろと荒れたるところの

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
顔だけ眺められる。わびしげに人里離れて、ただの山の中にいらっしゃる仏であることよ」と離れたところから眺めて通り過ぎた。たくさんの国々を通り過ぎたが、駿河の清見が関と、この逢坂の関ほど、趣深いところはなかった。すっかり暗くなって、三条の宮の西にある家に着いた。そこはひろびろと荒れたところで、庭の木はこれまで通り過ぎた山々に劣らないほど、大きく恐ろしげな深山木のようで、
▶いづこともなくて
諸注「所在なさそうに」のような訳を当てるが、堂舎がまだ建設中のことだから、どこのお寺ということもない、ただの「山づら」に、の意であろう。【新大系】
 
ここがどこということもなく。そんなことには無頓着で。【新全集】
 
▶三条の宮
一条天皇第一皇女脩子内親王邸。【新大系】
 
一条天皇第一皇女修子内親王。母は定子皇后。当時二十五歳。その御所を竹三条と見て、押小路南、東洞院大路の東、すなわち左京四坊二町にあったとする説(角田文衛『王朝の映像』)もある。【新全集】
 
▶深山木
みやまぎ【深山木】深山に生えている木。【古・岩】
顔ばかり見やられたり。「あはれに、人、
離れて、いづこともなくておはする
仏かな」とうち見やりて過ぎぬ。
ここらの国々を過ぎぬるに、駿河の
清見が関と、逢坂の関とばかりは
なかりけり。いと暗くなりて、三条の宮の
西なる所に着きぬ。ひろびろと
荒れたる所の、過ぎ来つる山々にも
劣らず、大きに恐ろしげなる
み山木どものやうにて、
かほはかり見やられたりあはれに人
はなれていつこともなくておはする
ほとけかなとうち見やりてすきぬ
こゝらのくに〳〵をすきぬるにするか
のきよみか関と相坂の関とはかりは
なかりけりいとくらくなりて三條
の宮のにしなる所につきぬひろ〳〵
とあれたる所のすきゝつる山々にも
おとらすおほきにおそろしけ
なるみやま木とものやうにて
 
p.41 都のうちとも見えぬ所の様なり

更級日記の品詞分解:p.41 都のうちとも見えぬ所の様なり

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
都のうちとも思われない有様である。上京したばかりで落ち着かず、何かとあわただしいのだが、「早く読みたい」と思っていたことなので、「物語を求めて見せてください、見せてください」と母を責め立てる。母が三条の宮に、親戚の人で衛門の命婦といってお仕えしていた人を訪ねて、手紙を出すと、その人は滅多にないことだと喜んで、「宮のものを頂いたのだ」といって、特別に見事な冊子類を、硯箱のふたに入れて
▶ありもつかず
ありもつかず【有りも付かず】〘連語〙落ちつかない。【古・岩】
 
(上京したばかりで)落ち着かず。【新大系】
 
落ち着いて住みついたわけでもなく。「あり」は、いること、住むこと。【新全集】
 
▶母
京にとどまっていた作者の実母。藤原倫寧の娘で、蜻蛉日記の作者、道綱母の異母妹。【新大系】
 
実母、藤原倫寧の娘。『蜻蛉日記』の作者道綱母の異母妹。【新全集】
 
▶衛門の命婦
ゑもん【衛門・右衛門】「衛門府」または「右衛門府」の略。【古・岩】
 
みゃうぶ【命婦】①令制で、五位以上の婦人または五位以上の官人の妻の称。前者を内命婦、後者を外命婦という。②平安時代、後宮で働く女官のうち、中級の女房の称。夫や父の官名を上につけて呼ぶことが多い。【古・岩】
 
「衛門」は父兄または夫の官名であろう。「命婦」は後宮の職員で、五位以上の婦人を内命婦、五位以上のの人の妻たる者を外命婦といったが、当時はその区別も崩れ、中流女房の呼称となっていた。【新全集】
 
▶御前
「御前」は貴人の御前の意から、貴人その人も指す。ここは後者で、脩子内親王。【新大系】
 
三条の宮。「御前」は貴人の御前の意、転じて貴人その人を婉曲にさしていう。【新全集】
 
▶おろし
「おろす」は神仏に供えたもの、貴人の使用したものを下賜または頂戴すること。【新大系】
 
貴人所持の品などを下賜すること。【新全集】
 
▶草子(冊子)
巻子(かんす)本(巻物仕立て)に対する綴じ本。ここは物語の冊子(草子)。【新大系】
 
料紙を糸で綴じた体裁の書物。「巻子」に対していう。【新全集】
 
▶硯の箱の蓋
当時は人に物を贈るのに硯箱の蓋をお盆代わりに用いた。【新大系】
 
当時は人に物を贈るとき、硯箱・手箱の蓋などをお盆の代りに用いた。【新全集】
都のうちとも見えぬ所のさまなり。
ありもつかず、いみじうものさわがしけれども、
いつしかと思ひしことなれば、
「物語、求めて見せよ、見せよ」と母を
責むれば、三條の宮に、親族
なる人の、衛門の命婦とてさぶらひける、
訪ねて、文、やりたれば、
めづらしがりて、喜びて、御前のを
おろしたるとて、わざとめでたき草子ども、
硯の箱の蓋に入れて
みやこの内とも見えぬ所のさまなり
ありもつかすいみしうものさはか
しけれともいつしかと思し事なれは
ものかたりもとめて見せよ〳〵とはゝ
をせむれは三條の宮にしそく
なる人の衛門の命婦とてさふらひ
けるたつねてふみやりたれはめつ
らしかりてよろこひて御前のをお
ろしたるとてわさとめてたきさう
しともすゝりのはこのふたにいれて
 

継母との別れ・梅の立ち枝

p.42 おこせたり。嬉しく、いみじくて

更級日記の品詞分解:p.42 おこせたり。嬉しく、いみじくて

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
贈ってくれた。私はうれしいこと限りなく、夜となく昼となく、これらを読むことを手始めとして、別の本ももっと見たいのだが、まだ落ち着かない都のほとりで、誰が物語を探し求めて見せてくれる人がいるだろう、いや、誰もいないだろう。継母だった人は、宮仕えをしていたのが父と一緒に上総へ下ったような人なので、都の華やかな生活に慣れた人にとって田舎の暮らしは不本意なことなどがいろいろあって、夫婦仲が良くなく、恨めしげな様子で、離別してよそへ移るということで、五歳ほどになる子どもなど
▶思ひしにあらぬことどもなどありて
(はなやかな生活に馴れていた人にとって、田舎の暮しは)不本意なことがいろいろあって。【新大系】
 
期待はずれのこと。【新全集】
 
継母の離別は、華やかな宮廷生活から草深い上総に下り、しかも引っ込み思案で無趣味な孝標と額を突き合せて暮した四年の生活の当然の帰結であろうし、上京後の住居が、作者の実母との、いわば妻妾同居となったことも見逃せまい。【新全集】
 
▶五つばかりなる児どもなどして
「五つばかりなる」と年齢は一人分しかあげていないのに「児ども」と複数になっているのは不審。「など」は「児ども」や侍女たちなどの意であろう。「して」は連れての意で、下文の「わたりぬるを」にかかる。【新大系】
 
この「ども」は必ずしも複数を示すものではなく、「子ども」のごとく単数にも用いる接尾語。「など」は乳児のほかに、乳母、侍女たちも類推させる語であろう。【新全集】
 
連れて。「し」はサ変動詞の連用形。「して」を、乳児を使いとして、と解く考えもあるが従えない。【新全集】
おこせたり。嬉しく、いみじくて、夜昼、
これを見るよりうち始め、
またまたも見まほしきに、ありもつかぬ
都のほとりに、誰かは物語、
求め見する人のあらむ。継母
なりし人は、宮仕へせしが、下りしなれば、
思ひしにあらぬことどもなど
ありて、世の中、うらめしげにて、ほかに
渡るとて、五つばかりなる乳児ども
をこせたりうれしくいみしくてよる
ひるこれを見るよりうちはしめ
又々見まほしきにありもつかぬ
みやこのほとりにたれかは物かたり
もとめ見する人のあらむまゝはゝ
なりし人は宮つかへせしかくたり
しなれは思しにあらぬことゝもなと
ありて世中うらめしけにてほかに
わたるとていつゝはかりなるちこ
 
p.43 児どもなどして

更級日記の品詞分解:p.43 児どもなどして

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
を連れて、「愛情深いお心のほどを忘れるような時はありますまいよ」などと言って、梅の木で、軒先近くてたいそう大きい梅の木をさして、「これが花を咲かせる頃には、きっと来ますよ」と言い残して出て行ったのだが、私は心のうちで恋しく慕わしいと思いながら、忍び音に泣いてばかりで、その年も改まってしまった。「早く、梅よ咲いておくれ。その時には来ると言っていたが、そのようなことが本当にあるのだろうか」と、梅の木を見守って待ち続けたが、花もすべて咲いたというのに、何の音沙汰も
▶しのび音
しのびね【忍び音】①忍び泣きの声。また、声をひそめて泣くこと。【古・岩】
などして、「あはれなりつる心のほど
なむ、忘れむ世、あるまじき」など
言ひて、梅の木の、つま近くて、いと
大きなるを、「これが花の咲かむ折は
来むよ」と言ひおきて渡りぬるを、
心のうちに恋しく、「あはれなり」と思ひつつ、
しのび音をのみ泣きて、その年も
かへりぬ。いつしか梅、咲かなむ、来むと
ありしを、さやあると、目をかけて待ち
わたるに、花もみな咲きぬれど、音も
ともなとしてあはれなりつる心のほと
なむわすれむ世あるましきなと
いひて梅の木のつまちかくていと
おほきなるをこれか花のさかむおり
はこむよといひおきてわたりぬるを
心の内にこひしくあはれ也と思つゝ
しのひねをのみなきてその年も  治安九年
かへりぬいつしか梅さかなむこむとあ
りしをさやあるとめをかけてまち
わたるに花もみなさきぬれとをとも
 

物語・源氏の五十余巻(その春、世の中いみじう騒がしうて)

p.44 音もせず、思ひわびて

更級日記の品詞分解:p.44 音もせず、思ひわびて

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
なく、考える気力もなくなって花を折って贈ってやった。
  「梅が花を咲かせる頃にはきっと来ますよ」というあなたの約束をあてにして、まだ待たなければならないのでしょうか。春は霜枯れた梅をも忘れずに訪れて、これほど美しい花を咲かせてくれたというのに。
と歌を詠んで送ったところ、相手はしみじみとしたことを書き連ねて、次のように贈って来た。
  やはり当てにしてお待ちなさい。梅の立枝が美しい花をつける頃には、私は別として、約束もしていなかった思いがけない素晴らしいお方が訪れてくると申しますから。
 その年の春は、疫病がたいそう流行して、まつさとの渡し場で月光に照らし出された姿をしみじみと物悲しく見た
▶たのめしを……
「頼め」は下二段動詞。頼みに思わせる、あてにさせるの意。「春」は擬人化されたもの。「春」は霜枯れた梅をも見限らずに訪れた。にもかかわらず、あなたは私のことなどお忘れになって…と訴えたものである。【新全集】
 
▶なほ頼め……
「頼め」は四段動詞の命令形。この歌は、「冷泉院の御屏風の絵に、梅の花ある家に、まらうと来たるところ」と題した平兼盛の「わが宿の梅の立ち枝や見えつらむ思ひのほかに君が来ませる」(拾遺・春)をふまえたもの。梅の咲くときは、それにひかれて、思いももうけない人(男君)が訪れると申します…と、作者を慰め、自分の行けない旨を婉曲に表現したもの。「訪ふなり」の「なり」は伝聞の助動詞。【新全集】
 
▶世の中、いみじうさわがしうて
「世の中さわがし」は疫病の流行をいう常套表現。この年の疫病については、栄花物語・本の雫に「世の中いとさわがしうて、皆人いみじう死ぬれば」とあり、日本紀略の治安元年二月二十五日の条にも「依二天下疫病一奉二幣二十一社一」と見える。【新大系】
 
治安元年(一〇二一)春から秋にかけては疫病が大流行、死者が続出したため、朝廷をはじめ寺社でさかんに祈禱修祓が行われた。【新全集】
せず、思ひわびて、花を折りてやる。
__たのめしをなほや待つべき霜
__枯れし梅をも春は忘れざりけり
と言ひやりたれば、あはれなることども
書きて、
__なほたのめ梅の立ち枝はちぎりおかぬ
__思ひのほかの人もとふなり
その春、世の中、いみじうさわがしうて、
まつさとのわたりの月影、あはれに見し
せす思わひて花をおりてやる
 たのめしを猶やまつへき霜
 かれし梅をも春はわすれさりけり
といひやりたれはあはれなることゝ
もかきて
 猶たのめ梅のたちえはちきりをかぬ
 おもひのほかの人もとふなり
その春世中いみしうさはかしう
てまつさとのわたりの月かけあはれに見し
 
p.45 乳母も、三月朔日に亡くなりぬ

更級日記の品詞分解:p.45 乳母も、三月朔日に亡くなりぬ

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
あの乳母も、三月一日に亡くなった。どうしてよいかわからず嘆き悲しんでいるうち、物語を読みたいという気持ちにもならなくなってしまった。一日中たいそう泣き暮らして、外を眺めると、夕日が非常に華やかにさしているところに、桜の花が余すところなく散り乱れている。
  散っていく花も、また巡り来る春には見ることもあるだろう。しかし、あのまま永の別れとなってしまったあの乳母のことが恋しくてならない。
 また、聞くところによると、侍従の大納言の姫君も
▶侍従の大納言の御むすめ
藤原行成(九七二-一〇二七)の息女。藤原道長の末子長家に嫁し、十五歳で没。【新大系】
 
侍従大納言は藤原行成。寛仁三年(一〇一九)侍従を辞し、同四年十一月権大納言に任じた(公卿補任)が、侍従在任期間が長かったので、侍従大納言と呼ばれていた。その娘は寛仁元年(十二歳)、道長の子長家(十三歳、公卿補任)と結婚した。『栄花物語』浅緑巻には、雛遊びのような幼い二人の生活が語られている。【新全集】
乳母も、三月朔日に亡くなりぬ。
せむ方なく思ひ嘆くに、物語の
ゆかしさも覚えずなりぬ。いみじく
泣きくらして見いだしたれば、
夕日のいとはなやかにさしたるに、
桜の花、残りなく散り乱る。
__散る花もまた来む春は見もやせむ
__やがて別れし人ぞ恋しき
また聞けば、侍従の大納言の御むすめ、
めのとも三月ついたちになくなり
ぬせむ方なく思なけくに物かたりの
ゆかしさもおほえすなりぬいみ
しくなきくらして見いたしたれは
ゆふひのいとはなやかにさしたるに
さくらの花のこりなくちりみたる
 ちる花も又こむ春は見もやせむ
 やかてわかれし人そこひしき
又きけは侍従の大納言の御むすめ
 
p.46 侍従の大納言の御娘、亡くなり給ひぬなり

更級日記の品詞分解:p.46 侍従の大納言の御娘、亡くなり給ひぬなり

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
亡くなられたそうだ。その夫である殿の中将のお嘆きの様子は、私自身も悲しい折なので、「たいそうおいたわしいことだ」と思ひながら聞いた。上京した時、「これを手本にしなさい」と言って、父がこの姫君のご手跡をくださったのだが、「さよふけてねざめざりせば」などと書いてあって、また、「鳥辺山たにに煙の燃え立たばはかなく見えし我と知らなむ」と、何とも言えないほど面白く素晴らしく
▶殿の中将
長家。【新大系】
 
「殿」は関白道長。その末子長家は当時、右近衛中将従三位。十七歳(公卿補任)であった。【新全集】
 
▶御手
筆跡。【新全集】
 
▶さ夜更けて寝覚めざりせば
「さよふけて寝ざめざりせばほととぎす人づてにこそ聞くべかりけり」(拾遺集・夏・壬生忠見)。【新大系】
 
『拾遺集』夏「天暦の御時の歌合に」と題する壬生忠見の歌「小夜ふけてねざめざりせば時鳥人づてにこそ聞くべかりけれ」。【新全集】
 
▶鳥辺山谷に煙の燃え立たば……
拾遺集・哀傷・読人しらずの歌。鳥辺山の谷に煙がもえ立つならば、それは、日ごろから長生きしそうもなく見えた、私の火葬の煙だと知ってほしい。「とりべ山」は京都市東山区の東大谷から清水にかけての地。当時の火葬場。【新大系】
 
『拾遺集』哀傷(題しらず、読人しらず)。鳥辺山は京都市東山区の東大谷から清水にかけての一帯をいい、昔の火葬場であった。行成の娘が、自分の死を予感するごとく、奇しくもこの一首を選んでしたためたことに、あらたな涙をそそられるのである。【新全集】
亡くなり給ひぬなり。殿の中将の思し
嘆くなるさま、我がものの悲しき
折なれば、「いみじくあはれなり」と
聞く。上り着きたりし時、「これ、
手本にせよ」とて、この姫君の御手を
とらせたりしを、「さ夜ふけて寝覚め
ざりせば」など書きて、「鳥辺山谷に
煙の燃え立たばはかなく
見えし我と知らなむ」と、
言ひ知らず、をかしげに、めでたく
なくなり給ひぬなり殿の中将おほ
しなけくなるさまわかものゝかなし
きおりなれはいみしくあはれなりと
きくのほりつきたりし時これ手
本にせよとてこのひめきみの御てを
とらせたりしをさ夜ふけてねさ
めさりせはなとかきてとりへ山
たにゝけふりのもえたゝははか
なく見えしわれとしらなむと
いひしらすおかしけにめてたく

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物語・源氏の五十余巻(かくのみ思ひくんじたるを)

p.47 書き給へるを見て

更級日記の品詞分解:p.47 書き給へるを見て

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
書いておありになるのを見て、ますます涙をそそられる。このようにふさぎこんでばかりいたのだが、母は「その心も慰めよう」と心配して、物語などを探し求めて見せてくださるので、なるほど、自然と気持ちが晴れていった。『源氏物語』の紫の上にまつわる巻を読んで、その続きが見たいと思われたが、人に頼んで物語を手に入れることもできない。家の者は誰もいまだに都になじみが浅くて、物語など見つけられない。たいそうじれったく、物語を見たいと思われるので、「この
▶思ひくんじ
おもひくんじ【思ひ屈し】〘サ変〙(がっくりと)気をおとす。▷古くは促音の表記が不定であったから、「おもひくっし」の促音を「ん」で書いた形。実際はオモヒクッシと読んだもの。しかし、最近は、「ん」と書いてある表記にひかれてオモイクンジと連濁の形で読んでいる。【古・岩】
 
▶紫のゆかり
「紫のゆかり」は「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(古今集・雑上・読人しらず)の歌をふまえて、藤壺の姪で、顔立ちも瓜二つの紫の上を指す。そこで、紫の上に関係の深い巻々ととる注が多いが、紫の上が藤壺のゆかりであることが特に強調され、「紫のひともとゆゑに」をふまえた表現が集中しているのは若紫巻だから、ここは若紫巻一巻のみを指すと解しておきたい。【新大系】
 
『源氏物語』中、紫の上に関係のある巻々をさすものでもあろうか、一説に若紫巻をさすともいう。「ゆかり」は縁故。【新全集】
 
▶人かたらひ
人に相談をもちかけて味方にひき入れること。ここは物語の入手を頼むこと。【新大系】
 
人に相談をもちかけること。【新全集】
書き給へるを見て、いとど涙を添へ
まさる。かくのみ思ひくんじたるを、「心も
慰めむ」と、心ぐるしがりて、母、
物語など、求めて、見せ給ふに、実に、
おのづから慰みゆく。紫の
ゆかりを見て、続きの見まほしく
覚ゆれど、人かたらひなども
えせず。誰もいまだ都なれぬ
ほどにて、え見つけず。いみじく心もとなく、
ゆかしく覚ゆるままに、「この
かき給へるを見ていとゝなみたをそへ
まさるかくのみ思くんしたるを心も
なくさめむと心くるしかりてはゝ物
かたりなともとめて見せ給にけに
をのつからなくさみゆくむらさき
のゆかりを見てつゝきの見まほ
しくおほゆれと人かたらひなとも
えせすたれもいまたみやこなれぬ
ほとにてえ見つけすいみしく心も
となくゆかしくおほゆるまゝにこの
 
p.48 源氏の物語、一の巻よりして

更級日記の品詞分解:p.48 源氏の物語、一の巻よりして

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
『源氏物語』を、一の巻から終わりまですべてお見せください」と心の中で祈る。親が太秦にお籠りになる時にもお伴をして、他のことは何も願わず、このことばかりをお願い申して、お寺から出るとすぐに「この物語をすべて見よう」と思うものの、見られなかった。たいそう残念に思い嘆いていたところ、おばに当たる人で、地方から上京した人のところへ母が私を行かせると、その人は「たいそうかわいらしく成人されましたね」などと懐かしがり
▶太秦
京都市右京区太秦の広隆寺。【新大系】
 
▶籠る
こもり【籠り・隠り】〘四段〙⑤(祈願のために)寺社などに泊りこむ。参籠する。【古・岩】
 
祈願のため寺院に参籠すること。【新全集】
 
▶をばなる人
系譜不明。受領の妻として任地にあったのが上京したのであろう。【新大系】
源氏の物語、一の巻よりして、
みな、見せ給へ」と心のうちに祈る。親の
太秦に籠り給へるにも。こと事なく、
このことを申して、「いでむままに
この物語、見はてむ」と思へど、見えず。
いと口惜しく思ひ嘆かるるに、
をばなる人の、ゐなかより上りたる
所にわたいたれば、「いとうつくしう、
生ひなりにけり」など、あはれがり、
源氏の物かたり一のまきよりして
みな見せ給へと心の内にいのるおやの
うつまさにこもり給へるにもこと事
なくこの事を申ていてむまゝに
この物かたり見はてむとおもへと見え
すいとくちおしく思なけかるゝに
をはなる人のゐ中よりのほりたる
所にわたいたれはいとうつくしう
おいなりにけりなとあはれかり
 
p.49 珍しがりて帰るに

更級日記の品詞分解:p.49 珍しがりて帰るに

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
珍しがって、帰る頃になって、「何を差し上げましょうか。実用的なものは好ましくないでしょう。見たがっていらっしゃるとか伺ったものを差し上げましょう」と言って、『源氏物語』の五十余帖を櫃に入ったまま、それに加えて、『在中将』『とほぎみ』『せり河』『しらら』『あさうづ』などという物語を一袋にまとめてくれた。それをもらって帰る心持ちの嬉しさと言ったらこの上ないことよ。それまで、とびとびに少しずつ読みながら、話の筋も納得できず、じれったく思っていた『源氏物語』を、一の巻から読み始めて、
▶源氏の五十余巻
源氏物語は、紫式部の死後、幾人もの手によって長期間にわたって書き継がれたものという説があるが、式部が死んで十年とはたっていないと思われるこの時期に、すでに「源氏の五十余巻」と記されていることは、この物語の成立事情を考える上で重要な証跡である。なお、「余」は「あまり」の意であろう。【新大系】
 
『源氏物語』の巻数に関する最も古い記録。【新全集】
 
▶櫃
上方に蓋をひらく木箱。【新全集】
 
▶ざい中将
底本は「ざい」の下を二字分空白にし、右傍に細字で「中将」と記す。「在中将」ならば伊勢物語を指すか。【新大系】
 
底本二字分空白。そばに「中将」と細字がある。「在中将」は在原業平のこと。ここは『伊勢物語』をいうものであろう。【新全集】
 
▶とほぎみ、せり河、しらら、あさうづ
以下の四物語はいずれも散逸して内容不明。【新大系】
 
底本には「とをぎみ」。『源氏物語』蜻蛉巻に「せり川の大将のとほ君の…」とあり、この物語を素材とした絵のことが見え、また「しらら」も『十訓抄』にその名が見えるが、「とほぎみ」「せり河」「しらら」「あさうづ」はいずれも現存せず、内容は不明。【新全集】
 
▶はしるはしる
大急ぎでごく一部の巻を読んでは。「はしる〳〵」については諸説があるが、(借りた本なので)大急ぎで、の意に解しておく。【新大系】
 
とびとびにの意。他に、胸をわくわくさせ、帰途の車を走らせながら、などの解もある。【新全集】
 
▶心も得ず
筋のつながりも納得できず。【新大系】
めづらしがりて、帰るに、「何をか奉らむ。
まめまめしきものは、まさなかりなむ、
ゆかしくし給ふなるものを
奉らむ」とて、源氏の五十余巻、櫃に
入りながら、ざい中将、とほぎみ、
せり河、しらら、あさうづなど言ふ
物語ども、一袋、とり入れて、得て
帰る心地の嬉しさぞいみじきや。
はしるはしる、わづかに見つつ、心も得ず、
心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、
めつらしかりてかへるになにをかたて
まつらむまめ〳〵しき物はまさなか
りなむゆかしくし給なるものをた
てまつらむとて源氏の五十余巻ひつ
にいりなからさい中将とをきみ
せり河しらゝあさうつなといふ物
かたりともひとふくろとりいれてえて
かへる心地のうれしさそいみしきや
はしる〳〵わつかに見つゝ心もえす
心もとなく思源氏を一の巻よりして
 
p.50 人もまじらず、几帳のうちに

更級日記の品詞分解:p.50 人もまじらず、几帳のうちに

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
誰にも邪魔されずに、几帳のうちに伏せって、櫃から一冊ずつ取り出しては読む心持ちは、后の位も何になろう。昼の間はずっと、夜は目の覚めているかぎり、火を近くに灯して、この『源氏物語』を読む以外にほかのことをしないので、自然とその文章を暗唱してしまって内容が思い出されるのを、素晴らしいことだと思うのだが、ある夜の夢に、たいへんさっぱりと美しい僧で、黄色い地の袈裟を着た僧が出てきて、「法華経の五の巻を早く習いなさい」と
▶几帳
T字形の木組みに絹などを掛けたもの。遮蔽の実用に装飾をも兼ねた調度。【新全集】
 
▶引き出でつつ見る心地
一冊ずつ櫃から取り出して読む気持は。【新大系】
 
▶后の位も何にかはせむ
女性最高の栄誉たる皇后の位も何するものぞ。【新全集】
 
▶おのづからなどは
「おのづから」といった具合に。【新大系】
 
「など」の用法はやや特異である。いつの間にか、とでもいったふうに、の意か。【新全集】
 
▶そらに覚え浮かぶ
文章を暗誦していて、それがしぜんに浮かんでくる。【新全集】
 
▶法華経、五の巻
妙法蓮華経のこと。全八巻のうち、女人成仏・悪人成仏が説かれた第五巻は特に重んぜられた。【新大系】
 
『法華経』第五巻には女人成仏が説かれている。一般に女人は成仏できないとされていた当時、この五巻は特に尊ばれていた。【新全集】
人もまじらず、几帳のうちに
うち臥して、ひき出でつつ見る心地、
后の位も何にかはせむ。昼は
日ぐらし、夜は目の覚めたるかぎり、
火を近く灯して、これを見るより
ほかのこと、なければ、おのづからなどは、
空に覚え浮かぶを、いみじき
ことに思ふに、夢に、いと清げなる僧の、
黄なる地の袈裟、着たるが
来て、「法華経、五巻を、とく習へ」と
人もましらすきちやうの内にう
ちふしてひきいてつゝ見る心地き
さきのくらひもなにゝかはせむひるは
ひくらしよるはめのさめたるかき
り火をちかくともしてこれを見る
よりほかの事なけれはをのつから
なとはそらにおほえうかふをいみ
しきことに思に夢にいときよけ
なるそうのきなる地のけさきたるか
きて法華経五巻をとくならへと
 
p.51 言ふと見れど、人にも語らず

更級日記の品詞分解:p.51 言ふと見れど、人にも語らず

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
言うと、そのような夢を見たけれど、人にも話さず、「法華経五の巻を習おう」と思いもよらず、物語のことだけで頭がいっぱいで、この頃の若い私は器量がよくないことだ。「年頃になったら顔立ちもこの上なく美しく、髪もたいそう長くなるに違いない。光源氏の寵愛を受けた夕顔や、薫の大将の想い人である浮舟の女君のようになるのだろう」と思っていた私の心は、実にむなしく、あきれ果てたものだ。五月の初旬、軒近い花橘がたいそう白く
▶夕顔
光源氏に愛された夕顔の女君。夕顔巻の女主人公で物怪のために夭折する。【新大系】
 
『源氏物語』夕顔巻に登場。愛人頭中将のもとを去って、身を潜ませているころ、光源氏に見初められ、その寵愛を得たが、やがて物の怪のために不幸な死を遂げた。【新全集】
 
▶宇治の大将
『源氏物語』宇治十帖の主人公薫。柏木と女三の宮(光源氏の正妻)との間の不義の子。誠実な、しかしながら憂愁を帯びた悲劇の人。【新全集】
 
▶浮舟
薫大将に愛された浮舟の女君。宇治の八の宮の劣り腹の娘で、薫と匂宮の二人から愛され、進退に窮して宇治川に投身するが、のち助けられて仏道に入る。【新大系】
 
宇治十帖の女主人公の一人。八の宮と侍女中将の君との間に生れ、常陸で成長、のち薫の愛人となったが、匂宮にも愛され、やがて宇治川に身を投じ、救われて出家した。【新全集】
 
▶まづいとはかなく、あさまし
執筆時から当時のわが身をふりかえった感想。【新大系】
 
「まづいとはかなくあさまし」は、晩年執筆時の反省である。【新全集】
 
▶花橘
「橘」はこうじみかん。初夏に芳香のある白い花をつける。その時期の橘を「花橘」という。【新大系】
 
花の咲いている橘。こうじみかんをいう。初夏に香り高い白い花をつける。【新全集】
言ふと見れど、人にも語らず、
「習はむ」とも思ひかけず、物語のことをのみ、
心に占めて、我はこの頃、わろきぞかし、
「盛りにならば、かたちもかぎりなく
よく、髪もいみじく長く
なりなむ。光るの源氏の夕顔、
宇治の大将の浮舟の女君の
やうにこそあらめ」と思ひける心、まづ
いとはかなく、あさまし。五月ついたちごろ、
つま、近き花橘の、いと白く
いふと見れと人にもかたらすなら
はむとも思かけす物かたりの事をのみ
心にしめてわれはこのころわろき
そかしさかりにならはかたちもかきり
なくよくかみもいみしくなかくな
りなむひかるの源氏のゆふかほ
宇治の大将のうき舟の女きみのや
うにこそあらめと思ける心まついと
はかなくあさまし五月ついたちころ
つまちかき花たちはなのいとしろく

家居の四季

p.52 いと白く散りたるをながめて

更級日記の品詞分解:p.52 いと白く散りたるをながめて

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
散っているのを眺めて、次のように歌を詠んだ。
  一面に散り敷いた白い花びらを、季節外れに降る雪かと眺めただろうに。もしも花橘が香らなかったならば。
 足柄という山の麓に、鬱蒼と暗く続いていた木立のように、我が家は木々が茂っているので、十月ごろの紅葉は、あたり一帯の山のほとりよりも一段とすぐれて趣深く、まるで錦を引きめぐらしたようなのだが、外からやってきた人が、「いま、通って
▶今
底本「と」と読めるが、「今」の草体を誤ったもの。【新大系】
 
底本は「と」の文字であるが、通説に従って「今」とした。【新全集】
散りたるをながめて、
__時ならずふる雪かとぞながめまし
__花橘のかをらざりせば
 足柄と言ひし山の麓に、
暗がりわたりたりし木のやうに、
茂れる所なれば、十月ばかりの紅葉、
よもの山辺よりもけに、いみじく
おもしろく、錦をひけるやう
なるに、ほかより来たる人の、「今、参り
ちりたるをなかめて
 時ならすふる雪かとそなかめまし
 花橘のかほらさりせは
あしからといひし山のふもとに
くらかりわたりたりし木のやうに
しけれる所なれは十月許の紅葉
よもの山辺よりもけにいみしく
おもしろくにしきをひけるやう
なるにほかよりきたる人の今まいり
 
p.53 いま参りつる道に

更級日記の品詞分解:p.53 いま参りつる道に

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
きた途中に、紅葉のたいそう趣深いところがありました」と言うので、私はふと、次のような歌を詠んだ。
  どこにもひけをとるまいものを。世の中がすっかり嫌になってわびしく住んでいるわが家の、秋の終わりの景色だけは。
 物語のことを昼は終日、考え続け、夜も、目の覚めている限りは、このことばかりを心にかけていたが、ある夜の夢に見たことには、「最近、皇太后宮の御子の一品の宮のご用のため、六角堂に遣水を引いています」と言う人があるので、「それはどうして」と
▶皇太后宮
底本傍注によれば、皇太后宮妍子。道長の二女で、三条天皇皇后。寛仁二年(一〇一八)皇太后。【新大系】
 
底本傍注「妍子 枇杷殿」。道長の二女妍子(けんし)で三条天皇の皇后となり、寛仁二年(一〇一八)十月より皇太后。【新全集】
 
▶一品の宮
底本傍注によれば、妍子腹の三条天皇第三皇女、禎子。のち、後朱雀天皇皇后、後三条天皇母。ただし、禎子が一品に叙されたのは治安三年(一〇二三)。【新大系】
 
底本傍注「禎子 陽明門院」。妍子腹の三条天皇第三皇女。この年十歳で春宮(のちの後朱雀天皇)に入内、後三条天皇の生母である。ただし禎子が一品に叙せられたのは翌々治安三年(一〇二三)である。この一品の宮を一条天皇皇女修子内親王とみて、「皇太后」を作者の誤記とする考えもある。作者の住居(三条の宮の西)からすれば、このほうが妥当かもしれない。【新全集】
 
▶御料
ごれう【御料】天皇や貴人の用いるもの。衣服・飲食物・器物などについていう。【古・岩】
 
▶六角堂
京都市中京区堂之前町の頂法寺。【新大系】
 
京都市中京区堂之前町の頂法寺。本堂の構造が六角形なので、その名がある。【新全集】
 
▶遣水
やりみづ【遣水】川の水を庭園の中に引き入れて作った流れ水。【古・岩】
つる道に、紅葉のいとおもしろき
所のありつる」と言ふに、ふと、
__いづこにもおとらじものを我が宿の
__世を秋はつる景色ばかりは
 物語のことを、昼は、ひぐらし
思ひつづけ、夜も、目の覚めたるかぎりは、
これをのみ、心にかけたるに、夢に
見ゆるやう、「このごろ、皇太后宮の一品の宮の
御料に、六角堂に遣水をなむ、
作る」と言ふ人、あるを、「そは、いかに」と
つるみちにもみちのいとおもしろき
所のありつるといふにふと
 いつこにもおとらし物をわかやとの
 世を秋はつるにしき許は
物かたりの事をひるはひくらし思
つゝけよるもめのさめたるかきりは
これをのみ心にかけたるに夢に見ゆ
るやうこのころ皇太后宮の一品の宮の
御れうに六角堂にやり水をなむ
つくるといふ人あるをそはいかにと
 
p.54 問へば、天照御神を

更級日記の品詞分解:p.54 問へば、天照御神を

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
訊くと、「天照御神をお祈り申し上げなさい」と言う。そのような夢を見て、人にも話さず、何とも思わないで済ませてしまったのは、たいそう不甲斐ない。春ごとにこの一品の宮の御殿を遠くから眺めては、次のような歌を詠んだ。
  いつ咲くかと心待ちにし、散ってしまったと嘆く春の間は、まるで自分の家のものでもあるかのように、宮のお屋敷の花を眺めて暮らすことだ。
 三月の月末ごろ、土忌みのために、ある人のもとに移ったところ、桜が満開で
▶天照御神
後出(四〇三頁)の記事によると、皇室の皇祖神という認識は作者にない。【新大系】
 
天照皇大神。ただし後文(三二一ページ)によれば、作者にはまだ皇祖神という認識はない。【新全集】
 
▶一品の宮
一品宮(禎子)邸。【新大系】
 
▶土忌
陰陽道の信仰で、土公(つちぎみ)という地の神のいる方角を犯して家の手入れなどをすることをさけること。やむをえぬ場合、家人は一時他へ居を移した。【新大系】
 
土公(土公神)のいる所を犯して家の造作などをするのを忌むこと。土公は春三月には竈(かまど)にいる。やむなくこれを犯す時はほかに居を移すのが習慣だった。【新全集】
問へば、「天照御神を念じませ」と
言ふと見て、人にも語らず、何とも
思はでやみぬる、いと言ふ甲斐なし。
春ごとに、この一品の宮を
ながめやりつつ、
__咲くと待ち散りぬと嘆く春はただ
__我が宿がほに花を見るかな
三月つごもりがた、土忌に、人の
もとに渡りたるに、桜、盛りに
とへはあまてる御神をねむしませと
いふと見て人にもかたらすなに
ともおもはてやみゐるいといふかひ
なし春ことにこの一品宮をなか
めやりつゝ
 さくとまちゝりぬとなけく春はたゝ
 わかやとかほに花を見るかな
三月つこもりかたつちいみに人の
まとにわたりたるにさくらさかりに
 
p.55 桜、盛りにおもしろく

更級日記の品詞分解:p.55 桜、盛りにおもしろく

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
趣深く、春の終わりの今まで散らないのもある。帰ってきて、翌日、
  いくら見ても見飽きなかった我が家の桜は散ってしまいましたが、その桜を、春も終わりになって散る寸前に、あなたのお宅で思いがけなく一目お目にかかったことです。
と、使いに持たせて贈る。毎年、桜の花の咲き散る折ごとに、「乳母が亡くなった季節だなあ」とばかり思われてしみじみとするのだが、同じころ、亡くなられた侍従の大納言の姫君の御手跡を見ては、わけもなく物悲しくなって
▶侍従大納言の御むすめ
前出(45頁)の語釈・注釈を参照。
おもしろく、今まで散らぬもあり。
かへりて、またの日、
__あかざりし宿の桜を春くれて
__散りがたにしも人目見しかな
と言ひにやる。花の咲き散る折ごとに、
「乳母、亡くなりし折ぞかし」と
のみ、あはれなるに、同じ折、
亡くなり給ひし侍従大納言の御むすめ
の手を見つつ、すずろにあはれなるに、
おもしろくいまゝてちらぬもあり
かへりて又の日
 あかさりしやとの桜を春くれて
 ちりかたにしもひとめ見し哉
といひにやる花のさきちるおりことに
めのとなくなりしおりそかしと
のみあはれなるにおなしおりな
くなり給し侍従大納言の御むすめ
の手を見つゝすゝろにあはれなるに
 

をかしげなる猫

p.56 五月ばかりに、夜、更くるまで

更級日記の品詞分解:p.56 五月ばかりに、夜、更くるまで

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
五月ごろのことだったか、夜が更けるまで物語を読んで起きていると、どこからやって来たのか分からないが、猫がたいそうのどやかに鳴いているのを、はっとして見ると、大変かわいらしい猫がいる。「どこから来た猫だろう」と見ていると、姉が、「ああ、静かに。人に聞かせてはなりません。たいそうかわいらしい猫だ。飼いましょう」と言うので飼ってみると、猫はたいそう人になつきながら、私のそばにやってきて横になるのだった。「この猫を探す人がいるのだろうか」と、猫を隠して
▶猫
当時、猫は外国舶載のペットとして珍重された。『枕草子』(六段)には、猫に「命婦のおとど」と命名、従五位下を与えて宮中で飼った例も見える。【新全集】
 
▶なごう
「和(なご)く」の音便。ものやわらかに。【新大系】
 
「なごう」は「なご(和)く」の音便。のどやかにの意。「なが(長)く」ではない。【新全集】
 
▶あな、かま
しっ、静かに、と制止する語。【新大系】
 
「あなかま」は「静かに」と人を制する語。「あな」は感動詞。「かま」は形容詞「かま(囂)し」の語幹。【新全集】
 
▶尋ぬる人やある
探し求める人がいるかもしれないと思って。【新大系】
五月ばかりに、夜、更くるまで、物語を
読みて起きゐたれば、来つらむかたも
見えぬに、猫のいとなごう鳴いたるを、
驚きて見れば、いみじうをかしげなる
猫あり。「いづくより来つる
猫ぞ」と見るに、姉なる人、「あな、かま。
人に聞かすな。いとをかしげなる
猫なり。飼はむ」とあるに、いみじう
人馴れつつ、かたはらにうち臥したり。
「尋ぬる人やある」と、これを隠して
五月許夜ふくるまて物かたりをよ
みておきゐたれはきつらむ方も見
えぬにねこのいとなこうないたるを
おとろきて見れはいみしうおかし
けなるねこありいつくよりきつる
ねこそと見るにあねなる人あな
かま人にきかすないとおかしけなる
ねこなりかはむとあるにいみしう
ひとなれつゝかたはらにうちふした
りたつぬる人やあるとこれをかく
 
p.57 これを隠して飼ふに

更級日記の品詞分解:p.57 これを隠して飼ふに

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
飼っていると、猫は使用人のところになどまったく寄りつかず、じっと我々の前にばかりいて、食べ物も汚らしいものには顔をそむけて食べない。猫は姉や妹の間にじっとついて離れないので、我々はそれをおもしろがりかわいがるうちに、姉が病気になるということがあって、家の中が何となく騒がしくて、この猫を北面の部屋にばかり置いて呼ばないでいると、猫はうるさく鳴き騒ぐのだけれど、「やはりそれなりの理由があって鳴くのであろう」と思ってそのままにしていると、病気の姉が
▶下衆
身分の低い者。使用人。上衆の対。【新大系】
 
使用人など下賤な者。上衆(じょうず)に対していう。【新全集】
 
▶おとと
「おとうと」に同じ。同性の同胞の年下の者をいう。【新大系】
 
「おとうと」の約。男女に関わらず年下の同胞をいう。【新全集】
 
▶北面
北向きの部屋。建物の裏側で使用人などのいる所。【新大系】
 
北側の部屋。当時の貴族の寝殿造りの邸宅は、南面が表座敷で、北面は家族あるいは使用人の住む所であった。【新全集】
 
▶さるにてこそは
猫には猫なりの理由があって鳴くのだろうと思ってかまいつけないでいると。【新大系】
 
自分たちにはわからないが、猫にはしかるべき子細(何か鳴く理由)があって鳴くのであろう、の意。【新全集】
飼ふに、すべて下衆のあたりにも
よらず、つと前にのみありて、物も
汚げなるは、ほかざまに顔を
背けて食はず。姉、おととの中に
つとまとはれて、をかしがり、らうたがる
ほどに、姉の悩むことあるに、
ものさわがしくて、この猫を北面に
のみあらせて呼ばねば、かしがましく
鳴きののしれども、「なほ、さるにて
こそは」と思ひてあるに、煩ふ姉、
してかふにすへて下すのあたりにも
よらすつとまへにのみありて物もき
たなけなるはほかさまにかほを
むけてくはすあねおとゝの中につと
まとはれておかしかりらうたかる
ほとにあねのなやむことあるにもの
さはかしくてこのねこをきたおもて
にのみあらせてよはねはかしかまし
くなきのゝしれともなをさるにて
こそはと思てあるにわつらふあね
 
p.58 驚きて、いづら、猫は

更級日記の品詞分解:p.58 驚きて、いづら、猫は

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
ふと目を覚まして、「どうしたの、猫は。こちらに連れてきて」と言うので、私が「どうして」と尋ねると、「夢に、この猫がそばに来て、『私は侍従の大納言の姫君で、仮にこのような姿になっているのです。このようになる因縁が少しあって、こちらの中の君が私のことを、しきりにしみじみと懐かしく思い出してくださるので、ほんのしばらく、こちらにいるのですが、最近、使用人の間にいて、非常にさびしいことです』と言って、ひどく鳴く様子は、『高貴で、趣深くかわいらしい人だ』と
▶いづら
どこか。どうしたか。場所や状態を問う不定称代名詞。【新大系】
 
どこ、の意から転じて、どれ、どうしたの、ぐらいの意。【新全集】
 
▶さるべき縁
前世の因縁。【新大系】
 
こうなるはずの前世の因縁。【新全集】
 
▶中の君
次女。下に妹がいなくても「中の君」という。ここは作者のこと。【新大系】
驚きて、「いづら、猫は。こちゐて来」と
あるを、「など」と問へば、「夢に、この猫の
かたはらに来て、『おのれは、侍従の
大納言の御むすめの、かくなりたる
なり。さるべき縁のいささかありて、
この世の君のすずろにあはれと
思ひ出で給へば、ただしばし、ここにあるを、
このごろ、下衆の中にありて、いみじう
わびしきこと』と言ひて、いみじう
鳴くさまは、『あてに、をかしげなる人』と
おとろきていつらねこはこちゐてこと
あるをなとゝとへは夢にこのねこ
のかたはらにきてをのれはしゝうの
大納言殿の御むすめのかくなりたる
なりさるへきえんのいさゝかありて
この中のきみのすゝろにあはれと
思いて給へはたゝしはしこゝにある
をこのころ下すのなかにありていみ
しうわひしきことゝいひていみしう
なくさまはあてにおかしけなる
 
p.59 見えて、うち驚きたれば

更級日記の品詞分解:p.59 見えて、うち驚きたれば

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
思われて、はっと目を覚ますと、この猫の声であったのが、非常にしみじみと悲しいのです」とお話しになるのを聞いて、私はひどく趣深く、胸を打たれた。そののちは、この猫を北面にも出さず、大切にお世話をする。私がただ一人でいるところに、この猫が向かい合っているので、なでながら、「侍従の大納言の姫君がいらっしゃるのね。大納言殿にお知らせいたしたい」と話しかけると、私の顔をじっと見つめながら穏やかに鳴くのも、気のせいか、
▶心のなし
そう思って見るせいで。「なし」は「見なす」「言いなす」等の「なす」の連用形の名詞的用法。意識的・意図的にそうするの意。【新大系】
 
「心の為し」の意。そう思って見るせいか。気のせい。
見えて、うち驚きたれば、
この猫の声にてありつるが、いみじく
あはれなるなり」と語り給ふを聞くに、
いみじくあはれなり。そののちは、この猫を
北面にも出ださず、思ひかしづく。
ただひとりゐたる所に、この猫がむかひゐ
たれば、かい撫でつつ、「侍従大納言の
姫君のおはするな。大納言殿に
知らせ奉らばや」と言ひかくれば、顔を
うちまもりつつ、なごう鳴くも、心のなし、
ひとゝ見えてうちおとろきたれは
このねこのこゑにてありつるかいみしく
あはれなる也とかたり給をきくに
いみしくあはれ也そのゝちはこのねこ
を北をもてにもいたさす思かしつく
たゝひとりゐたる所にこのねこかむか
ひゐたれはかいなてつゝ侍従大納言の
ひめきみのおはするな大納言殿にし
らせたてまつらはやといひかくれはかほ
をうちまもりつゝなこうなくも心の
 
p.60 目のうちつけに

更級日記の品詞分解:p.60 目のうちつけに

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
一見したところ、普通の猫ではなく、私の言葉を聞き分けているようで、しみじみとかわいらしい。世間に、「長恨歌という漢詩を、物語のように書いて、持っている家があるそうだ」と聞いて、たいそう見てみたい気がするのだけれど、頼むこともできないでいたが、さるつてを見つけて、七月七日に次のように言い送った。
  玄宗皇帝と楊貴妃が変わらぬ愛を誓ったという七月七日、そのまさに昔の今日にあたる日のことが知りたくて、今宵、彦星が織女に逢いに渡る天の川の川波のように、お願いの由をお打ち明けいたした次第です。
 その返事は次のとおりである。
▶うちつけに
「うちつけ」は突然の意で、思いがけず唐突なこと、軽々しく深い考えのないさまなどに用いられる。ここは、(そういう先入観念をもって)ひょいと見るせいで、ぐらいの意。【新大系】
 
「ふと見たところ」ぐらいの意。「うちつけ」は深く考えない軽々しいさまをいう。「梅が枝に降り置ける霜を春近み目のうちつけに花かとぞ見る」(後撰・冬 読人しらず)、また「うちつけ目-ふと見た浅い見方」(源氏・浮舟)などの用例もある。なお、「見たところてきめんに」「猫の目がてきめんに」などの解もある。【新全集】
 
▶長恨歌と言ふふみ
唐の白楽天が玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋をつづった長詩。平安朝文学に与えた影響が大きい。「ふみ」は漢詩。【新大系】
 
▶物語に書きてある所あんなり
物語に翻案して(所持して)いる家があるそうだと。【新大系】
 
『伊勢集』『源氏物語』桐壺巻などに、宇多天皇が「長恨歌」の筋を絵に描かせ、和歌を詠み添えさせた由が見える。ここは「長恨歌」の内容を物語ふうに綴った作品であろう。【新全集】
 
▶え言ひ寄らぬに
先方がさして親しい間柄ではなく、貸してほしいと申し入れることが遠慮されたのである。【新全集】
 
▶さるべきたよりをたづねて
しかるべき手づるをさがして(その人のもとに)。【新大系】
 
▶契りけむ……
長恨歌の末尾に「七月七日長生殿、夜半無人私語時、在天願作比翼鳥、在地願為連理枝」とあり、それにちなんで、この日に借用を申し入れた。七月七日は七夕の日でもある。【新大系】
 
「長恨歌」の末尾に「七月七日長生殿、夜半人無ク私語ノ時、天ニ在リテハ願ハクハ比翼ノ鳥ト作(な)リ、地ニ在リテハ願ハクハ連理ノ枝ト為(な)ラムト」とあるのに因んだもの。【新全集】
目のうちつけに、例の猫
にはあらず、聞き知り顔にあはれなり。
世の中に、「長恨歌と言ふ文を、物語
に書きてある所あんなり」と聞くに、
いみじくゆかしけれど、え言ひよらぬに、
さるべきたよりをたづねて、七月七日、
言ひやる。
__契りけむ昔の今日のゆかしさに
__あまの河波うち出でつるかな
返し、
なしめのうちつけにれいのねこ
にはあらすきゝしりかほにあはれ也
世中に長恨歌といふゝみを物かたり
にかきてある所あんなりときくに
いみしくゆかしけれとえいひよらぬに
さるへきたよりをたつねて七月七日
いひやる
 ちきりけむ昔のけふのゆかしさに
 あまの河なみうちいてつるかな
返し
 
p.61 立ち出づる天の川辺のゆかしさに

更級日記の品詞分解:p.61 立ち出づる天の川辺のゆかしさに

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
  彦星と織女が立ち出て逢うという天の川辺の情景には私も心惹かれます。あなたのお気持ちもよく分かりますので、長恨歌は不吉な話なので普段ならご遠慮するところですが、それも忘れてお貸しすることにいたしましょう。
 その月の十三日の夜、月がくまなく非常に明るいころ、家の者もみんな寝てしまっている夜中に、縁先に出て座って、姉が空をつくづくと眺めて、「たった今、私が行方も知れず飛び失せてしまったら、あなたはどのように思うでしょう」と尋ねるので、私は「うす気味悪い」と思っていると、姉もそのような私の様子を見てとって、別の話題に言いつくろって、笑いなどして聞くと、隣の家に、
▶ゆゆしきこと
不吉なこと。楊貴妃は殺され、玄宗は失脚、老残の身となるという物語の内容ゆえ、ふだんは他見を憚っていたが、今宵は牽牛と織女の恋の成就に心ひかれて、の意。【新全集】
 
▶言ひなして
ほかのことに言いまぎらして。【新大系】
 
意識的に話題を転じて。【新全集】
__立ち出づる天の河辺のゆかしさに
__常はゆゆしきことも忘れぬ
 その十三日の夜、月、いみじくくまなく
明きに、皆人も寝たる夜中ばかりに、
縁に出でゐて、姉なる人、空を
つくづくとながめて、「ただ今、ゆくへなく
飛び失せなば、いかが思ふべき」と問ふに、
「なま恐ろし」と思へるけしきを
見て、こと事に言ひなして、笑ひなど
して聞けば、かたはらなる所に、
 たちいつるあまの河邊のゆかしさに
 つねはゆゝしきこともわすれぬ
その十三日の夜月いみしくゝまなく
あかきにみな人もねたる夜中許に
えんにいてゐてあねなる人そらを
つく〳〵となかめてたゝいまゆくゑな
くとひうせなはいかゝ思へきとゝふに
なまおそろしとおもへるけしきを
見てこと事にいひなしてわらひなと
してきけはかたはらなる所にさき
 
p.62 先追ふ車、止まりて、荻の葉

更級日記の品詞分解:p.62 先追ふ車、止まりて、荻の葉

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
先払いをする車が止まって、「荻の葉、荻の葉」と供の者に名前を呼ばせるけれど、どうやら返事がないらしい。車の主は呼びあぐねて、笛をたいそう素晴らしく澄んだ音色に吹いて、通り過ぎてしまったようだ。
  笛の音がまるで秋風の音のように素晴らしく聞こえるのに、風にそよそよと音を立てるはずの荻の葉は、どうして「そよ(そうですよ)」と返事もしないのでしょうか。
と私が言うと、姉は「なるほど」と言って次のように歌を詠んだ。
  それにしても、荻の葉が答えるまで辛抱づよく吹き寄ることもしないで、そのまま通り過ぎてしまう笛の音の主がつれないと思われる。
このようにして夜が明けるまで物思いにふけりながら秋の夜空を眺め明かして、
▶先追ふ車
「先追ふ」は、貴人の通行に際して、供人が声を出して先に立つこと。相当な身分の人であることがわかる。【新大系】
 
路上の人に注意を与えて道を譲らせること。先駆。相当の身分の人である。【新全集】
 
▶荻の葉
「かたはらなる所」の女の呼び名。【新大系】
 
隣家の女性の名。本来の名というより、何かのゆかりでつけられた呼名であろう。【新全集】
さき追ふ車、止まりて、「荻の葉、荻の葉」と
呼ばすれど、答へざなり。呼びわづらひて、
笛をいとをかしく吹き澄まして、
過ぎぬなり。
__笛の音のただ秋風と聞こゆるに
__など荻の葉のそよと答へぬ
と言ひたれば、「げに」とて、
__荻の葉の答ふるまでも吹きよらで
__ただに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
かやうに明くるまでながめあかいて、
をふくるまとまりておきのは〳〵と
よはすれとこたへさなりよひわつら
ひてふえをいとおかしくふきすま
してすきぬなり
 ふえのねのたゝ秋風ときこゆるに
 なとおきのはのそよとこたへぬ
といひたれはけにとて
おきのはのこたふるまてもふきよらて
 たゝにすきぬるふえのねそうき
かやうにあくるまてなかめあかいて
 
p.63 夜、明けてぞ、皆人、寝ぬる

更級日記の品詞分解:p.63 夜、明けてぞ、皆人、寝ぬる

現代語訳語釈・注釈釈文翻刻
夜が明けてから二人とも寝たのだった。その翌年、四月の夜中ごろに火事があって、大納言の姫君と思って大切に世話をした猫も焼け死んだ。「大納言の姫君」と呼ぶと、聞き分けたような顔で鳴いて歩み寄ってくるなどしたので、父も、「不思議な、趣深いことだ。大納言殿にお知らせしよう」などとおっしゃるということもあった折で、たいそう悲しく、残念に思われる。焼けてしまった今までの家は、ひろびろとして、人里離れた奥山のようでは
▶そのかへる年
治安三年(一〇二三)。作者十六歳。【新大系】
 
治安三年(一〇二三)、【新全集】
夜、明けてぞ、皆人、寝ぬる。そのかへる年、
四月の夜中ばかりに火のことありて、
大納言の姫君と思ひかしづきし
猫も焼けぬ。「大納言の姫君」と
呼びしかば、聞き知り顔に鳴きて
歩み来などせしかば、父なりし
人も、「めづらかに、あはれなることなり。
大納言に申さむ」などありしほどに、
いみじうあはれに、口惜しく覚ゆ。
ひろびろと、もの深きみ山のやうには
夜あけてそみな人ねぬるそのかへる
年四月の夜中はかりに火のことありて
大納言殿のひめきみと思かしつきし
ねこもやけぬ大納言のひめきみと
よひしかはきゝしりかほになきて
あゆみきなとせしかはてゝなりし
人もめつらかにあはれなる事也
大納言に申さむなとありしほとに
いみしうあはれにくちおしくおほゆ
ひろ〳〵とものふかきみ山のやうには

-更級日記
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