歌舞伎の「連獅子」は、能の「石橋」と狂言の「宗論」を下敷きとした舞踊です。今回は「連獅子」の内容や見どころを解説します。
目次
歌舞伎「連獅子」のストーリー・あらすじ解説
文殊菩薩に縁ある清涼山。そこには、牡丹の花が咲き乱れ、文殊菩薩の使いである獅子が舞い遊んでいる。
能楽を模して鏡板に老松が描かれた舞台(※松羽目)に、二人の狂言師(※俳優・役者)、右近と左近が登場する。そして、「親獅子が仔獅子を崖から蹴り落とし、谷底から帰って来たものを育てる」という、獅子の子落とし伝説について物語る。
狂言師が舞台から去ると、法華宗の僧侶、蓮念と、浄土宗の僧侶、遍念が登場する。二人は一緒に清涼山を登っていくが、やがて、お互いの宗教の優劣をめぐってけんかを始める。そうこうしているうちに、にわかに暴風が吹き荒れ、「獅子がやって来るのでは」と恐れた二人は逃げ去っていく。
清涼山には石の橋がかかり、牡丹が咲き乱れる。そこに現れた親子の獅子の精は激しい舞を見せる。毛振りの後、獅子の座に就くのであった。
獅子のかつらはヤクの毛
人間の役ではなく、獅子の精がつけるかつら。動物(ヤク)の毛を使った長くてフワフワとしたかつらで『連獅子』や『鏡獅子』などで用います。色は黒、白、赤などがあります。
※引用:歌舞伎 on the web「歌舞伎用語案内」http://enmokudb.kabuki.ne.jp/phraseology/2356
歌舞伎「連獅子」の歌詞・セリフ全文
「連獅子」の歌詞は下記のとおりです。見出しは編者によります。
前段:狂言師の右近と左近の舞 ※獅子の子落とし伝説
〽夫れ、牡丹は百花の王にして、獅子は百獣の長とかや。桃李に勝る牡丹花の、今を盛りに咲き満ちて、虎豹に劣らぬ連獅子の、戯れ遊ぶ石の橋。
〽そもそも、これは尊くも、文殊菩薩のおわします、その名も高き清涼山。峨々たる巌に渡せるは、人の工にあらずして、おのれとここに現われし、神変不思議の石橋は、雨後に映ずる虹に似て、虚空を渡るがごとくなり。
〽峰を仰げば千丈の、雲より落つる滝の糸。谷を望めば千尋なる、底はいづくと白波や。巌に眠る荒獅子の、猛き心も牡丹花の、露を慕うて舞い遊ぶ。
〽かかる険阻の巌頭より、強臆ためす親獅子の、恵みも深き谷間へ、蹴落とす仔獅子は、ころころころ、落つると見えしが、身を翻し、爪を蹴立てて駈け登るを、また突き落とし、突き落とされ、爪の立てども嵐吹く、木蔭にしばし、休らいぬ。
〽登り得ざるは臆せしか、あら育てつる甲斐なやと、望む谷間は雲霧に、それとも分かぬ八十瀬川。水に映れる面影を、見るより仔獅子は勇み立ち、翼なけれど飛び上がり、数丈の岩を難なくも、駈け上がりたる勢いは、目覚ましくもまた、勇ましし。
〽胡蝶に心、和らぎて、花に顕れ、葉に隠れ、追いつ追われつ余念なく、風に散りゆく花びらの、ひらり、ひらり、ひら、ひら、翼を追うて、ともに狂うぞ面白き。
間狂言:法華宗と浄土宗の宗論争い
蓮念 これは都、本国寺の僧でござる。こたび、思い立って、天竺、清涼山へ登り、修行に参らばやと存じ候。まず、そろりそろりと参ろう。なんと、清涼山は聞きしにまさる険阻な御山ではあるは。まず、このあたりにて一休みいたそう。ヤットナ。
遍念 これは大和国、黒谷の僧でござる。このたび、思い立って、天竺、清涼山の石橋を渡り、文殊菩薩を礼拝いたそうと存ずる。まず、そろりそろりと参ろう。さても、さても、なんと、清涼山は聞きしにまさる険阻な御山ではある。ヨォ、あれに誰やら人がいる。のうのう、そこなお人。
蓮念 こちの事でござるか。
遍念 なかなか。
蓮念 して、何用でおじゃる。
遍念 和御寮はいづくより、いづかたへ参らるるな。
蓮念 我らは都より天竺清涼山へ修行に参る者でござる。
遍念 我らもそれへ参る者。なんと、道連れになってはおくりゃれまいか。
蓮念 我らも道連れが欲しいと思うていたところへ、願うたり叶うたりでござる。
遍念 しからば、同道申す。
蓮念 さあさあ、ござらしめ。ござらしめ。
遍念 参りまする。参りまする。
蓮念 なんと、清涼山は一段とよい眺めではござらぬか。
遍念 まことに、言わるるとおり、清涼山はよい眺めでござる。して、和御寮はいづかたの御坊でござるな。
蓮念 我らは都本国寺の僧でござる。
遍念 ヨォー、さてもさても、うとましい者と道連れになった事でござる。
蓮念 して、そこもとは、いづかたの御坊でござるな。
遍念 我らは大和国黒谷の僧でござる。
蓮念 ヨォー、さてもさても、うとましい者と道連れになった事でござる。
遍念 嫌がるわ、嫌がるわ。
蓮念 のうのう、御坊、我らはちと、道を急げば、まず、お先へ参る。
遍念 いや、ぜひとも同道申そう。
蓮念 お先へ参る。お先へ参る。
遍念 同道申す。同道申す。
蓮念 お先へ参る。お先へ参る。
遍念 同道申す。同道申す。
蓮念 ようようの事に逃げのびたな。ハハハハハハ。
遍念 のうのう、御坊。
蓮念 また、おじゃったか。
遍念 なかなか。
蓮念 そのように連れ立ちたくば、我らが日蓮上人より賜わったるこのありがたい数珠、これを頂け。
遍念 そのような物は頂くまい。
蓮念 頂け。
遍念 頂くまい。
蓮念 頂け。頂け。頂け。思いのままに頂かしてのけた。アハハハハハハ。
遍念 けがらわしや、けがらわしや。されば、我らが一遍上人より賜りしこのありがたい数珠を頂け。
蓮念 そのような物は頂くまい。
遍念 頂け。
蓮念 頂くまい。
遍念 頂け。頂け。頂け。思いのままに頂かしてのけた。アハハハハハハ。
蓮念 けがらわしや、けがらわしや。のうのう、御坊、さらば、このところにおいて、宗論ないたそう。
遍念 それはこちも望むところ。
蓮念 まず、和御寮から。
遍念 まず、和御寮から。
蓮念 さらば、愚僧が功力をお目にかけん。
〽ごずいでんでん、ずいきの功徳は広大に、無量大地を掘ったなら、伸びたずいきの芋の子を、刃物ではしからさいなんで、芥子でカラカラ相縁奇縁。こぼるる涙のありがたや。
蓮念 なんと、ありがたい事でござろうか。
遍念 いやいや、おおかた芥子が利きすぎて、涙がこぼれたのでござろう。
蓮念 こたびは和御寮、語らしめ。
遍念 宗論じゃによって、我も申そう。一念弥陀仏、即滅無量在という事をお知りやるか。
蓮念 そのような事は聞いた事がござらぬ。
遍念 知らずば、語り申そうなら。
〽仏法世界は済度の功力に、因果も応報。一念阿弥陀も三尊仏も、黄金の光に、即滅無量な知識の御教化。盲もいざりも自由な体に、有難利益な尊き浄土の御宗門。
遍念 なんと、ありがたい事でござろうがな。
蓮念 いやいや、それはすなわち、みなむざい餓鬼と申すものじゃ。
遍念 いや、むざい餓鬼ではござらぬ。
蓮念 そのようなことでは、獅子は退散いたさぬ。我らは日蓮上人より賜ったる、このありがたい太鼓の功力をもって、獅子を退散いたさん。
遍念 いやいや、そのような物では、獅子は退散いたさぬ。我らが一遍上人より賜ったる、このありがたい鉦の功力をもって、獅子を退治させ申す。
蓮念 いや、太鼓でござる。
遍念 いや、鉦でござる。
蓮念 いや、太鼓でござる。
遍念 いや、鉦でござる。
蓮念 南無妙法蓮華経。
遍念 南無阿弥陀仏。
蓮念 南無妙法蓮華経。
遍念 南無阿弥陀仏。
両人 やぁ、こりゃ、取り違えてのけた。アハハハハハハ。
遍念 こたびは踊念仏で、
両人 参ろうか。
〽なもうだ蓮華経、なもうだ蓮華経。これはいつかな念仏に題目。かんかん、どんどん、かんどん、かんどん。拝む経本第十六。得仏罪障、金照西方妙阿弥陀、示現観音三世の利益は同一体。いづれが負けても、方便などとは宣いぬ。
〽折から吹きくる悪風に、経文、忘れて、ガタガタガタ。
遍念 やぁ、にわかに山が鳴動なすは、こりゃ、ただ事ではござるまい。
蓮念 さては、最前、麓で聞いた、年経る獅子がやって来るのではあるまいか。
遍念 こりゃ、こうしては、
両人 居られぬわぇ。
〽足も立たれず、起き上がりの、達磨大師のころころと。
大薩摩「夫れ清涼山の石橋は」
〽夫れ、清涼山の石橋は、人の渡せる橋ならず、法の奇特におのづから、出現なしたる橋なれば。
〽しばらく待たせ給えや、影向の時節も今いくほどに、よも過ぎじ。
後段:獅子の狂い ※親獅子と仔獅子による毛振り
〽獅子団乱旋の舞楽の砌、獅子団乱旋の舞楽の砌。牡丹の花房、匂い満ちみち。大巾利巾の獅子頭。打てや、囃せや、牡丹房。黄金の瑞、現れて、花に戯れ、枝に臥しまろび、実にも上なき獅子王の勢い。
〽獅子の座にこそ、直りけれ。